本格化する復興事業 中部スラウェシ地震・津波 日本の知見を生かせ

 2018年9月28日。4845人もの死者・行方不明者を出した中部スラウェシ地震・津波。マグニチュード(M)7・5の地震が州都パル市一帯を襲い、液状化現象が住民の命を奪った。同時発生したのは前代未聞の地滑りと津波。地下水が砂をともなって地上に噴き出し、パル一帯は壊滅的な打撃を受けた。
 パル川沿いに広がるパル市の人口は35万人。地元の財政基盤は磐石とは言えず、地域の多くは低所得層が占める。にもかかわらず、未曾有の液状化で地域経済と市民生活を支える橋梁も崩壊。公共機関は機能不全に陥った。住民は被災時の恐怖を抱えたまま生活基盤を失った。
 この中で広がったのが国際的な支援の輪だ。同じ被災大国である日本は東日本大震災などの知見を生かし、復興事業の中核的な存在となる。緊急援助隊を送り込み、JICAは調査団を派遣。発災からこの4年間、有償資金協力を軸に復興プロジェクトを進めてきた。
 「パルの交通の要衝となるこの橋が、国際協力で再建される。完成後は産業や観光を支える交通インフラとして機能するだろう。日本政府に心から感謝する」
 インドネシア初のアーチ橋で、「黄色い橋」で知られるパル川に架かるパル第4橋の再建が、日本の無償資金協力で6月20日に始まった。起工式で熱弁を振るった地元のルスディ・マスドゥラ知事は、その期待感をユーモアを交えて全身で表現した。知事は発災当時のパル市長。「従来は橋脚に橋げたを乗せただけの構造で、実は安全が不安視されていた」と明かし、阪神・淡路大震災以降、厳しい技術基準を定めた日本の架設工法を絶賛。会場から喝采を浴びた。
 事業費は25億円となり橋の長さは250㍍。橋を支える盛り土部分には避難路となる4カ所の階段を設置するなど、震災大国と言われる日本の知見を生かした減災構造とし、2年後の完成を目指す。
 復興事業の象徴的な存在となるパル第4橋の再建だが、内陸部に目を向けるとJICA主導の被災地支援は各地ですでに始まっていた。日本が建設の道筋をつけた仮設住宅地は、台湾の慈善団体が建築を手がけ、運営は世界銀行と国際支援の輪が広がっている。
 JICAはインドネシア政府からの協力要請を受け、被災地調査を行ってきたが、未開拓地に橋と道路を建設して次代のヒト、モノ、カネの流れを作る試みも行われていた。
 「日本語の『TUNAMI』と同様に世界で通じる『SABO(砂防)』。日本の技術は世界最高水準を自負している」。こう胸を張るのは八千代エンジニヤリングジャカルタ事務所の福島淳一所長。小学校やモスクが点在する集落まで500㍍にまで迫る地滑りによる土砂を食い止めようと、福島さんは砂防ダムの建設現場を指揮してきた。
 「海外での経験は日本に〝逆輸入〟される。実際にスラウェシにおける砂防ダム建設で得た知見は、富士山ハザードマップなどにも生かされている。支援とは言うが、災害復興プロジェクトは決して一方通行ではなく、双方向の協力と思う」(福島さん)。(長谷川周人、写真も)

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