コロナ禍での犠牲祭

 2年連続でコロナ禍での開催となったイスラム教の犠牲祭(イドゥル・アドハ、今年は7月20日)。ムスリムたちはこの日、礼拝をした後、提供されたヤギや牛をと殺し、地域の庶民に分け与える。ジャカルタ特別州のアニス・バスウェダン知事は新型コロナウイルスの感染拡大を防止するため、モスクでの礼拝を禁じ、犠牲祭への参加者を絞り込むなど厳しい規制を設けていた。ただ、州内を巡回してみると、例年通り犠牲祭を行っているモスクがいくつもあった。

 中央ジャカルタのマス・マンシュール通りにあるモスクでは、犠牲祭が行われていた。家畜のと殺が終わり、通行人が興味深そうに肉の切り分け作業を眺めていた。ただ、それもごく短時間だった。州政府の指示に従い、犠牲祭に参加するのを自粛する市民が多いように思えた。
 一方、同モスクから約1キロ離れた住宅密集地にあるモスクでは、大人から子どもまで多くの市民が犠牲祭に参加していた。保健プロトコルを順守する市民もいるが、大多数はマスクを着用せず、〝密〟状態になっていた。ただ、市民の目は真剣そのもの。家畜がと殺される瞬間を見守っている。
 すると突然、「ティダ ブラニ(勇気がないな)」と聞こえた。と殺の瞬間に目をそらした女児に対し、友だちと思われる男児が指をさしてからかっていた。この子たちに限らず、と殺の瞬間に目をそらしたり、連れてこられるヤギに怯える子どもたちの姿があった。そのたび、周りにいる子どもたちが「ティダ ブラニ」とからかう。
 後日、インドネシア人の友人にこのことを話してみると、どうやら「犠牲祭あるある」の児童心理らしい。
 もう一つ、気づいた事がある。町中で見かけるヤギや牛などの家畜は比較的おとなしい。ただ、と殺されるモスクに到着すると、突然暴れ出す家畜がいる。飛び散る血、モスクの周りに集まる興奮した群衆、首を切られて横たわる家畜などを見て、本能的にこれから自分がたどる運命が分かるのだろうか。
 北ジャカルタと中央ジャカルタでいくつかのモスクをめぐってみると、「今年の犠牲祭は行いません」と書く看板を設置するモスクや、出入り口を閉鎖するモスクも見受けられた。新型コロナウイルスの感染拡大に歯止めがかからない中、ムスリムは厳しい制限を設けられ、息苦しさを感じつつも年に一度の大切な宗教行事に参加している。1日も早く新型コロナが収束することを願っている。(長田陸)

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