副大統領選びの政治駆け引き
先月21日、闘争民主党のメガワティ党首は、ガンジャル・プラノウォ中部ジャワ州知事を同党の大統領候補に決定すると発表した。この発表は、昨年以来の両者の駆け引きのクライマックスでもあった。
メガワティは一貫して、単に人気が高いだけでは候補にしないと言い続けてきた。党のイデオロギーを体現する人物でないとダメだと訴えてきた。そのためメディアでは、自分の娘でスカルノの血を継ぐが、世論人気のないプアン国会議長を擁立するのかと憶測されてきた。
そういう憶測を見事に裏切って、選挙に勝つために合理的にガンジャルを選んだ。しかもサッカー発言でガンジャルの支持率が急落している最中に彼の出馬を発表した。メガワティにしてみれば、人気が落ちても党のイデオロギーを尊重する人物を擁立するんだという信念を演出する絶好の機会となった。
ガンジャルも、イスラエル拒否のサッカー発言で、メガワティのイデオロギー試験に合格し、出馬に漕ぎ着ける政治ゲームをやってのけた。息子にジダンの名前を付けるほど大のサッカーファンの彼が、国際サッカー連盟(FIFA)U―20W杯の地元不開催をよしと思うわけがない。メガワティの信頼を得るための高度な政治判断だった。
いずれにせよ、これでガンジャルの出馬は決まり、いま政治駆け引きの中心は副大統領選びに移っている。
その力学は、実は世論調査が物を言う大統領候補より複雑である。彼とペアを組む副大統領候補を巡って、政党間バトルが展開されている。なかでも、開発統一党が推薦するサンディアガ・ウノ観光・創造経済相、ゴルカル党所属のリドワン・カミル西ジャワ州知事、そして国民信託党が推すエリック・トーヒル国営企業相が有力視されている。
ウノはスマトラ島などジャワ外で支持があることから、ジャワ中心のガンジャル支持層の補完が期待できる。ただ、所属政党をコロコロ変えてきた過去や、「アニスに金を貸している」などと暴露する彼をパートナーにするのに躊躇があって当然だ。
カミルの強みは西ジャワ州での支持にある。同州は最大票田だ。ガンジャルが強い中部ジャワと東ジャワを補完する役割が期待できる。ただ、メガワティはカミルを毛嫌いする。18年の西ジャワ州知事選挙で、カミルは闘争民主党の支持を断った。その過去を根に持っている。
トーヒルの売りは、財力と同国最大のイスラム組織ナフダトゥール・ウラマ(NU)の支持だ。今年のNU100周年イベントを指揮したトーヒルは、闘争民主党とNUの選挙協力をメガワティにアピールできる。その協力は前回大統領選の必勝モデルでもある。
このようなペアリング交渉が水面下で繰り広げられるなか、リスク最小化の発想がメガワティ周辺で強まっている。つまり、競争相手のプラボウォ陣営に渡したくない人物は誰かという発想だ。ウノやカミルの支持基盤は、プラボウォのそれと被っている。つまり、サヨナラしても大きなダメージにならない。逆にトーヒルの政治資本は、プラボウォ支持を補完する可能性大だ。であれば、最も渡したくないのはトーヒルという発想になる。
もちろん交渉は流動的で、有力候補も二転三転するであろう。ただ、闘争民主党は来月24日に大規模な決起集会を予定しており、その場で発表がある可能性もある。そのペアが決まれば、雪崩式に他のペアも決まっていき、選挙戦の第一幕は終わりを迎えることになろう。(本名純・立命館大学国際関係学部教授)