アニス立候補のインパクト
今月3日、ジャカルタ州知事アニス・バスウェダンが次期大統領選挙への出馬を表明した。この動きは今後の政治に大きなインパクトをもたらす。なぜアニスは、16日の知事任期の満了を待たず、出馬表明をしたのか。連鎖反応で何が起こるのか。
元々、アニス陣営は来月半ばに出馬表明を予定していた。後見人であるスルヤ・パロ率いるナスデム党が、アニス擁立に向けて必要な要件を整える準備をしていた。政党連合の合意がその要件だ。国会で議席総数の2割以上を保有する政党もしくは政党連合のみが大統領選への候補者擁立を認められている。
その要件を満たすため、ナスデム党はユドヨノ前大統領の息子のアグス率いる民主主義者党、そして2017年の州知事戦でアニスを支援した福祉正義党と連合協議の最中だった。その合意を待たず、スルヤはナスデム党のアニス擁立を宣言し、アニスもその場で立候補を表明することになった。
そのきっかけを作ったのが、汚職撲滅委員会のフィルリ委員長だ。メガワティ闘争民主党に近い彼は、アニスの政治活動に足かせをはめようと、ジャカルタで6月に開催されたフォーミュラEに汚職疑惑があるとし、アニスを被疑者に認定しようと画策を始めた。被疑者となれば、アニスの人気も下がり、政党も擁立を躊躇するという読みだ。
だがその思惑は全く裏目に出た。フィルリの動きを察知するや否や、スルヤはアニス擁立宣言を急きょ1カ月早め、それが連合に向けての3党結束も強める効果をもたらした。さらには「嫌がらせの被害者」的な同情で、支持率アップさえ見込まれる。まだ誰を副大統領候補にするかの交渉が残っているが、3党連合でのアニスの出馬は確定で間違いないだろう。
その展開は、メガワティの政治ビジョンにも大きな影響を与える。娘のプアンは国会議長だが、世論人気は皆無だ。そのプアンを自党の大統領候補に擁立するのは、戦う前からアニスの勝利に貢献するようなものである。そんな自殺行為をするのか。政権第一党が、好んで権力を手放し野党に成り下がるのか。こういう声にメガワティは耐えられないであろう。
親友のプラボウォ国防相に託すという手もなくはない。プラボウォとプアンを正副大統領候補として擁立する案だ。だが、人気のある前者にとって後者は足かせであり、そのペアではアニスに敵わないことは各種世論調査から明らかだ。アニスという「新しい風」は、プラボウォという「スハルト時代の遺産」を簡単に吹き飛ばすだろう。
こういうシナリオが現実味を帯びていくにしたがって、メガワティの関心は、自党所属のガンジャル中部ジャワ州知事に絞られてこよう。世論人気でトップを誇る彼を擁立すればアニスに対抗できる。勝つ見込みも十分ある。今後10年政権与党を続ける道も拓ける。メガワティが、その合理性に傾いても何も不思議でない。
そう考えると、今回フィルリの姑息な政治工作に端を発する一連の展開は、今後アニスとガンジャルという対話能力の高い2人の新世代リーダーによるガチの競争に発展する可能性があり、それはインドネシアの民主選挙に明るい兆しをもたらそう。(本名純・立命館大学国際関係学部教授)