もう一つの政権交代?

 インドネシアにおいて、政治と裏社会は切っても切り離せない関係にある。古くはスハルト時代、暴力と威嚇を駆使して反体制勢力を抑え込んだのは、パンチャシラ青年団(PP)というプレマン(ゴロツキ)組織だった。スハルト政権は「共産党撲滅」を掲げて、PPに弾圧作戦を外注し、大量殺戮につながった。以降、PPは政権の汚れ仕事を担う暴力装置となった。オレンジ色の迷彩服をまとって威圧的な風貌の彼らは、市民運動や労働デモを潰す右翼系「大衆組織」として裏社会を牛耳った。
 ところが1998年のスハルト退陣とともに、裏社会の構図も激変する。民主化の波のなかで、イスラム系や民族系の新興プレマンが次々と台頭し、PPの覇権は動揺した。イスラム擁護戦線(FPI)やブタウィ人統一フォーラム(FBR)などが、宗教や民族アイデンティティを旗印に、左派系メディアへの攻撃や、企業脅迫、繁華街での用心棒ビジネスなどのアンダーグランド活動で勢力を伸ばした。民主化で政治が多元化したように、裏社会もまた多極化した。
 この状況に転機をもたらしたのが、ジョコウィ前政権である。FPIやFBRに嫌われていたジョコウィは、裏社会の制御装置として再びPPに接近した。彼はPPの愛国イデオロギーを称賛し、自らも名誉会員として関係を強化。これでPPは政権のお墨付きを得て再台頭を果たす。2019年の大統領選では、PPが全国規模でジョコウィ再選を後押しし、裏社会と政権の共生関係が復活した。
 そして24年のプラボウォ政権の誕生に伴って、いま台頭しているのがGRIB JAYA(グリブ・ジャヤ)である。ボスはヘラクレスの異名を持つ東ティモール出身の伝説のプレマンだ。かつて陸軍特殊部隊の将校だったプラボウォとは、東ティモール時代の縁で結ばれた旧知の仲である。
 ヘラクレスは当初、軍の協力者として活動していたが、ある事故に遭ったことをきっかけに、プラボウォがジャカルタに連れてきた。その後、彼はタナ・アバン地域を縄張りとするプレマンとして頭角を現していった。
 プラボウォが政界入りすると、ヘラクレスもGRIBを設立して彼の支援に回った。過去3度の大統領選挙では、いずれもプラボウォの選挙キャンペーンに協力してきた。そして昨年、ついに両者の野望が結実し、GRIBも政権中枢への直通ルートを手にした。
現在、GRIBは28州に支部を構え、プラボウォ率いるグリンドラ党の地方支部を支援しつつ、各地で不動産の占有屋、企業恐喝、借金回収業務など、アンダーグランドの利権を急速に掌握している。外資系企業の工場建設がGRIBの妨害に遭うケースも報告され、投資家の警戒心も高まっている。PPとの対立も深刻化しており、西ジャワ州ではGRIBがPPの事務所を襲撃して、「数万人を動員できる」と豪語した。
 政権が交代すれば裏社会の勢力図も塗り替わる。民主主義が定着するほど、裏社会もまたその「安定」に便乗して新たなパートナーを模索し、合法と非合法の境界で勢力を拡大していく。
 ジョコウィからプラボウォへの政権交代の裏で、静かに、しかし着実に進行するもう一つの政権交代にも目を向けることは、この国の民主政治の実態を理解する上で欠かせない。(本名純・立命館大学国際関係学部教授)

メラプティ の最新記事

関連記事

本日の紙面

JJC

人気連載

クナパくんとブギニ先生NEW

私のじゃかるた時代NEW

編集長の1枚NEW

キャッチアイ おすすめニュースNEW

インドネシア企業名鑑NEW

事例で学ぶ 経営の危機管理

注目ニュース

マサシッ⁉

天皇皇后両陛下インドネシアご訪問

トップ インタビュー

モナスにそよぐ風

HALO-HALOフィリピン

別刷り特集

忘れ得ぬ人々

有料版PDF

修郎先生の事件簿

メラプティ

子育て相談

これで納得税務相談

おすすめ観光情報

為替経済Weekly