ジョコウィの和平外交
これまで国際問題への関与にあまり意欲を示してこなかったジョコ・ウィドド(通称ジョコウィ)大統領が動いた。先月末、ウクライナとロシアを訪問し、ゼレンスキー大統領とプーチン大統領と会談して和平を訴えた。ロシアのウクライナ侵攻後、両国首脳と直接会った初めてのアジアのリーダーとなった。
インドネシアでも、これだけ注目を浴びた大統領の外遊は珍しい。1956年、スカルノの米国、ソ連(当時)、東欧、中国への歴訪以来であろう。なぜジョコウィは、派手な和平外交に打って出たのか。そこには国内要因が強く働いている。
ジョコウィ政権は発足以来、経済成長を至上目的に掲げてきた。しかし、コロナ禍の停滞に輪をかけるように、ウクライナ戦争が食糧・エネルギー価格の高騰を招き、インフレが進んで食用油や即席麺など必需品の価格が跳ね上がった。この食糧事情が世論の政権不満を高めてきた。ジョコウィは、直接ウクライナとロシアに出向くことで、食糧危機の根本に取り組んでいるとの姿勢を国民にアピールできた。
また、ウクライナとロシアの両首脳に直談判することで、ジョコウィは今年11月のバリでの20カ国・地域首脳会議(G20サミット)が戦争で流れないという確証を得たかった。G20議長国としてバリ・サミットを開催することは、ジョコウィ第2期政権の絶頂を演出する理想的な機会だ。その場は、彼にとって、インフラ事業への外資誘致を各国首脳に熱弁する絶好の舞台になろう。
こういう政治的な動機が、ジョコウィのウクライナ・ロシア訪問を促した。そう考えると、「和平の架け橋」になるという外交アピールを掲げたものの、そちらのほうの成果が乏しいのも合点がいく。
ウクライナのキーフではゼレンスキーと食糧危機を議論してロシアとの対話を勧め、バリ・サミットへの参加を促した。ただ、戦況が大きく改善されなければ、バリへの渡航など無理であり、オンライン参加の可能性が濃厚であることに変わりはない。
モスクワでは、プーチンに対して、ウクライナの穀物とロシアの肥料の輸出ルートを確保してくれと直談した。逆にウクライナが港に機雷を敷設しているから穀物輸出が止まり、ロシアの肥料も欧米の制裁で止められていると反論された。むしろ、ロシアの対インドネシア投資の話となり、ロシア主導のユーラシア経済連合との自由貿易協定や、都市移転計画に絡む鉄道インフラや原子力発電計画の議論が、両首脳間で交わされた。
こういう展開をみると、「和平」を掲げたジョコウィ外交ではあったものの、実際にはウクライナとロシアが対話につける現実的なビジョンやコンセプトを持っていたわけでもなく、今後の突破口を見出したわけでもない。これからフォローアップの外交チームが、両国の和平交渉を斡旋するという動きもなさそうだ。
ただ、今回のジョコウィ外交は、同盟を持たないアジアの中進国が、いかに大国間のバランスを取って、どこにも飲み込まれないための自律性を確保するかという国家戦略を強く反映している。和平外交という建前と国益という本音。国益という建前と政治生命という本音。これらが入り乱れた外交ドラマは、11月にどのようなクライマックスを迎えるのか。まだまだ目が離せない。(本名純・立命館大学国際関係学部教授)