うごめく選挙延期論
先月末から政界では不穏な気配が漂っている。きっかけは、与党7党のうち3党の党首が立て続けに「総選挙延期論」を発したことだ。2024年2月に予定されている大統領選挙と議会選挙を、2~3年延期しようという提案だ。この観測気球に触発され、様々な政治的駆け引きが水面下で活発になっている。
この選挙延期の目論見は、政権の中枢が昨年から展開している政治工作の一貫だ。まず昨年夏、国民協議会議長のバンバン・スサトヨ氏が、憲法改正の意欲を示した。続いて今年1月、バフリル・ラハダリア投資相が選挙延期案を打ち上げた。ビジネス界にその要望が大きいという説明もつけた。2人ともジョコウィ大統領の右腕のルフット・パンジャイタン海事・投資調整相に近い人物だ。そして2月末の3党首の発言に至っている。
地元紙は、ルフットが全体の絵図を描いていると指摘する。その政治工作は、徐々に選挙延期論の観測気球を各方面から上げてみて、社会の反応をチェックし、突破口を定めて目標に前進するものだ。定石だと、次の一手は大衆組織の動員で、延期賛成の〝市民の声〟を演出して、それに押さえる形を作ることだろう。
だが、その次の一手は読まれていた。3党首の発言の直後、多くの市民社会団体はすぐさま声明を出し、選挙の延期とそれに伴う大統領と議員の任期延長は、明確な憲法違反であり、民主主義への冒涜であると非難した。もし大統領が任期延長を是とするなら弾劾に値するとも警告した。世論調査機関もすぐに動き、有権者は支持政党に関わらず、選挙延期には大多数が反対だという調査結果を突きつけた。
この反撃は功を奏している。連立与党内でも、延期はありえないと明言する党首が増え、先の3党首も党内で強い非難を浴びて声を潜めている。彼らは、コロナ禍やウクライナ危機で、経済の先行きも不安なので選挙は延期すべきと主張したが、そんな理屈は眉唾だと市民社会は一蹴する。
むしろ延期の狙いは、現職政治エリートによる既得権益の延命にあり、〝危機〟に便乗して周到に準備された政治工作の発動だと疑われている。
この工作で難渋しているのが与党の闘争民主党とグリンドラ党の支持だ。それぞれの党首、メガワティ氏とプラボウォ国防相が乗り気でない。前者は、自分の監督下にあるべきジョコウィが制御不能になる可能性を強く懸念している。後者は24年大統領選の最有力候補だ。延期する動機は低い。
これで手詰まりか。油断大敵である。
メガワティとプラボウォに得になる話を吹き込めば良い。その隠しネタはまだある。これから世論を操縦して賛否両論を演出し、この両党が延期賛成に傾けば、他の与党もなびく。それで憲法改正を実現させる議席数は十分確保できる。
ジョコウィは一貫して「自分は憲法に従うだけと」とコメントしてきた。もっと明確に選挙延期論を否定すべきだとメディアは迫るが、微動たりともしない。それが何を意味するか。つまりは、自分の関知しないところで憲法が改正されて任期延長となれば、その憲法に従うという超ジャワ人的な反応だとも解釈できる。
であるなら、ますます油断禁物だ。世論が大反対でも、これまで国会与党勢力は、汚職撲滅委員会の改正法案やオムニバス法案、首都移転法案を強行可決してきた。さすがに次はやらないと考えることはナイーブすぎることを社会は学習してきた。(本名純・立命館大学国際関係学部教授)