KPK骨抜きの政治

 精度の高さが定評な民間世論調査機関インディカトルが、9月下旬に発表した調査結果が興味深い。世論が最も信頼する国の組織として、過去20年近く常に1位か2位に選ばれていた汚職撲滅委員会(KPK)が、初めて4位に転落した。
 この結果は、今のKPKに対する世論不信をもろに反映している。特に、敏腕捜査官たちを含む57人のKPKスタッフを、9月末に一斉解雇したことへの不信だ。批判は、解雇を強行するKPK指導部と、それを止めないジョコ・ウィドド(通称ジョコウィ)大統領に向けられている。
 KPKは、民主改革の肝として国内外で高い評価を受けてきた。今それが骨抜きにされようとしている。その影響で、腐敗認識指数も世界第102位となり、前年の85位から大きく後退した。汚職対策の鈍化は、国際的にも懸念となろう。
 KPKの去勢に励むのは政権与党だ。背景には、ジョコウィ政権下で拡大する汚職摘発がある。特に2016年から顕著に増え、毎年20人近くの政治家や役人が各地で逮捕されている。18年は突出して多く、30人にのぼった。
 このKPKの活躍を煙たがる与党幹部は多いが、怒りに変わったのが、19年の総選挙後に闘争民主党の幹事長を選挙絡みの贈賄容疑で引っ張ろうとした事件だった。ここから政治の反撃が始まる。
 まず同年9月に、KPK法の改正を国会で成立させた。大規模な反対デモを無視して可決した改正法で、KPKの捜査権は大きく弱められた。
 その3カ月後には、KPKの新指導部の発足に際し、曰く付きの警察高官を、闘争民主党の推しでKPK新委員長に選出した。以後、その新委員長の旗振りで「KPK改革」が強行された。
 その目玉がKPKスタッフの地位改正である。これまで、彼らは政府介入を受けない独立した地位を担保されていたため、政治に忖度しない汚職捜査が可能だった。これを改正して、KPKスタッフを国家公務員とする規定を導入した。独立性を削るのが狙いだ。さらに、公務員へのシフトは「国家忠誠テスト」に合格することを条件とした。
 この新方針に抗議した多くのKPK捜査官たちは、左遷や辞職を余儀なくされた。一方、負けじと踏ん張る敏腕捜査官たちもいる。昨年の水産相や社会相の逮捕といった与党幹部を狙った大捕り物は、彼らの反撃だ。特に後者は、闘争民主党の党首の娘や、大統領の息子にまで捜査の手が伸びる可能性もあった。
 その捜査官たちが、国家忠誠テストで不合格を言い渡され、9月末に一斉解雇となった。テストは「日本人は残忍か」などという奇妙な設問も多く、結論ありきの茶番だと市民団体は怒る。国家人権委員会も行政監査機関オンブズマンも、テストは人権侵害と職権乱用だと非難し、大統領の仲裁を求めている。
 大統領は沈黙を決め込んでいるが、事態収拾のため、解雇されたKPKスタッフを警察が雇用するという妥協案も出ている。だが「受け皿」探しは本質ではない。KPKの骨抜きは、24年選挙を見据えてコロナ禍で選挙資金集めに励む多くの政治エリートにとって、悪い話ではない。このコンセンサスに本質が見え隠れする。(本名純・立命館大学国際関係学部教授)

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