「戦禍を乗り越える友情」 筋書きなき旅の重み
「ニューノーマル(新たな日常)」という言葉が定着して1年あまり。カンプン(集落)やパサール(伝統市場)でもマスク着用が浸透してきており、新型コロナウイルスの感染拡大にブレーキがかかり始めたようだ。となれば、この国に暮らしてこそ味わえる世界を歩く漂流癖の虫が騒ぐ。知人が紹介してくれたボゴール県にあるカリマンタン料理の店を目指し、ひとまず南進することにした。
ジャカルタにあって地方の伝統文化を堪能する——。この発想は土曜紙面の「おすすめ観光旅行」で健筆を振るわれる日本旅行の水柿その子さんのアイデア。しかも、行き先は知人からの受け売り。万事が他力本願だが、筋書きなきプチ旅行の楽しさを堪能させてもらった。
まずグーグルマップに設定したのは、ボゴール県にあるレストラン、「ポンドック・イカン・バカール・カリマンタン」。所要時間は40分と表示されたが、高速道路がまさかの事故渋滞。迷うことなく一般道にルート変更し、予期せぬ出会いに期待してみる。
といえば、少々大げさだが、日本にもよくあるコンビニコーヒーを見つけた。カウンターでコーヒーを自分で抽出するあれだ。ホットは6千ルピア。アイスなら1万2千ルピア。この価格差は謎だが、香りも味も悪くない。なにより砂糖抜きでブラックコーヒーを飲めるのはありがたい。新商品かと思いきや、店舗によるが昔からあると店員はいう。
一息ついて街の写真を撮っていると、日系の中小企業で働いていた交通整理員に出会った。小紙のミニコラムでも書いたが、邦人駐在員にすり込まれたという人生訓話をたっぷりと聞かせてもらえた。
第1目的地としたレストランは、先に料理を注文して駐車場で空席待ちをするという盛況ぶり。身なりから中流階級と思われる家族連れなどが、どっと押しかけてきていた。
肝心の料理だが、注文したのはエビのバターソテーとカンクンの炒め物。看板メニューの竹でナマズを蒸し焼きにする料理は量が多すぎて一人ランチには向かず、次回の楽しみに。と、軽く考えていたが、店内に漂う香りが並大抵ではない。実際の料理は形容し難いほどに美味しく、再訪確定だ。
ところで、近くのテーブルでやはり一人ランチを楽しんでいたスパルマンさん(61)が声をかけてくれた。南スマトラ州パレンバンの出身。「我が街のアンペラ橋は日本の戦後賠償でできた。それはそれは美しい橋なんだ」。
そう切り出したスパルマンさんだが、話はパレンバンの油田と製油所を占領した日本軍によるパレンバン空挺作戦にまでさかのぼる事になる。
「歴史はある局面を切り出すと、全体が見えなくなる。大切なことはどう積み重ねるかだ。よく聞いてほしい。アンペラ橋は歴史の傷跡じゃない。あの美しさとそれを支える技術力。市民はそこに憧れを抱き、戦禍を乗り越えた友情を期待している。さて、日本の皆さんはどう思うのかな?」
ふらっと出かけた筋書きのないプチ旅行——。多くを考えさせられ、重く大きな宿題を背負うことになった。(長谷川周人、写真も)