死者たちを送る花々 西ジャカルタ ラワ・ベロン花市場

 日本ではコロナ禍の影響で観葉植物の人気が急上昇しているそうだ。家の中に緑があれば心が安らぎ、暮らしに潤いが生まれる。我が人生には無縁の世界と思っていたが、新型コロナウイルスの感染拡大で自宅にこもる時間が長引くほど、閉塞感で心が渇いてしまいそう。インドネシアは植物の宝庫でもあり、近場の花市場をのぞいてみた。

 当初は通り沿いによくある観葉植物の露店をイメージしたが、どうせなら生花市場をみてみたい。自然豊かなインドネシアで、意外にも造花を多く見かけるだけに、南国らしい切り花がないかと探してみると、西ジャカルタにある「ラワ・ベロン」という花の卸売市場を見つけた。日本のご婦人も訪れるそうで、オートバイなら拙宅から15分ほど。散歩気分で行ってみた。
 「フラワーマーケット」という名称から、色彩豊かな華やいだ雰囲気を想像していた。ところが、ここは業者相手が中心の卸売市場であり、安らぎや癒しの空間とはほど遠く、コロナ禍の現実を目の当たりにすることになる。
 意表を突いたのは、市場内を流れる物悲しいギターのしらべ。弾き語りをしているのはまもなく21歳の誕生日を迎えるという市場で働く青年だった。「母親と恋人。たった3カ月で大切な人を2人も失った。コロナに感染してあっという間だった。働く気力も失い、毎日ここで歌っている」。
 切り花は市場内にあふれていた。ただ、よくみると生花はどれも同じ種類らしい。アジサイを売るイワンさんに話を聞くと、「そりゃそうだ。みんな葬式や墓参り用さ」。保健省によれば、新型コロナウイルス感染による1日の死者数は1千人を超えている。
 「カランガン・ブンガ(慶事用の花環)」の受注制作をしているルトフィ(30)さんによれば、「死者が増えただけじゃない。緊急活動制限で密集状態を作る結婚式ができず、カランガン・ブンガの注文もぱったり止まった」。例年ならレバラン(断食月明け大祭)後はいわゆる結婚式シーズンだが、今年はこの時期に爆発的な感染拡大が始まり、自粛ムードが広がった。
 「多い年なら婚礼用だけで1日20枚近い注文が入るが、今週は1週間でわずか5枚。頼みの綱は葬儀用だが、せいぜい1日で1~2枚。コロナに感染して死亡すれば病院から墓地に直接搬送されるから、カランガン・ブンガの出る幕はない」とルトフィさんは嘆く。
 コロナ禍の重たい空気を払拭しようと出向いた花市場の取材。思いもよらず、犠牲者たちの最期を垣間見る結果になったが、これも今の現実にほかならない。(長谷川周人、写真も)

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