コロナ禍の国軍人事
国軍を総動員してのコロナ対策で、兵士も各地で多忙を極めるなか、政界では次の国軍司令官ポストをめぐる人事政治で話が湧いている。国軍人事は、昔から国の安定を左右する大事な決定だ。2024年の大統領選挙を見据えての駆け引きが、いま水面下で繰り広げられている。
最大焦点は11月に退役を控えるハディ国軍司令官の後任人事だ。10月5日の国軍創設記念日までには決めておきたい。ポストを狙うのは、アンディカ陸軍参謀長とユド海軍参謀長だ。前者は、政界の重鎮ヘンドロプリヨノ元国家情報庁長官の娘婿だ。この〝太いケツモチ〟が、各方面に圧をかけている。
一方、ユドのバックには海軍だけでなく空軍もついている。ここ数年、両軍の事故が頻発しており、彼らは陸軍びいきの予算配分や意思決定に不満を高めてきた。特に海軍は、4月の潜水艦事故もあり、老朽化する装備品の改善が急務だ。いまのハディ国軍司令官は空軍出身なので、次は絶対に海軍から出すべきだとの認識を共有する。
アンディカかユド。決めるのはジョコ・ウィドド(通称ジョコウィ)大統領だ。どう判断するか。これまでの重要な国軍人事は、右腕のルフット・パンジャイタン海事・投資調整相に相談して決めてきた。アンディカを陸軍参謀長にしたのもルフットの助言がベースだ。では次もアンディカを推すか。そうならないのが政治である。
ルフットのチームは、逆に「ユド推し」で動いている。なぜか。表向きには、国軍全体の利益や、上述の海空の不満、そしてジョコウィ政権が掲げる海洋国家構想の観点から、次は海軍出身者にすべきだと理論武装する。
しかし、額面通りには受け止められていない。勘ぐる人たちは、ルフットの狙いが「次の次」にあると見ている。
ルフットにはマルリ陸軍少将という娘婿がいる。士官学校92年卒の出世頭だ。18年から2年間、大統領親衛隊長を務め、ジョコウィの信頼もある。彼のキャリアを考えると、ルフットの狙いも見えてくる。
つまり、もし今回アンディカを国軍司令官に昇格させてしまうと、彼の定年退役が22年12月に来るため、24年の大事な「政治の年」には別の国軍司令官を置かなければならなくなる。アンディカの次だと、さすがに続けて陸軍から抜擢するわけにはいかず、海空いずれかから選ばれるはずだ。そうなるとマルリの出番はない。
逆に、海軍出のユドを次期国軍司令官にしておけば、彼が定年で退役となる23年11月に合わせて、後任者を陸軍で準備できる。そこにマルリを押し込めば、「政治の年」の国軍司令官として、政界でのプレゼンスも高まり、「その後」の政界進出の展望も大いに開ける。それが、一族にとって、ポスト・ジョコウィの政治生命を見据えた投資であることは言うまでもない。
シナリオ通りに進むのか。もちろん未知数だ。とはいえ、ルフットの助言がジョコウィの国軍人事を支えてきた過去を踏まえると、まんざら夢物語でもない。
パンデミックは制御不能の危機が迫っていても、人事政治は通常モードで進む。インドネシアが特殊なのか、どの国も同じなのか。(本名純・立命館大学国際関係学部教授)