大自然に身を委ねる気持ちよさ 中部ジャワ州トゥマングン県
「自然と共生することの大切さ」を訴える工学エンジニアのシンギー・カルトノさん(52)の朝は早い。「モンゴ、モンゴ(どうも、どうも)」。工業化の波に取り残され、村に残ったのは貧困や過疎化といった難題ばかり。そこに「持続可能な開発」という価値観を持ち込み、自信を失いかけた村が息を吹き返した。だから、村を救ったシンギーさんはいわば英雄的存在。誰もが敬意を持って声をかけてくる。
生まれ故郷でもあるシンギーさんの村は、中部ジャワ州のトゥマングン県にある。スマラン市とジョクジャカルタ特別州のほぼ中間にある山間の村で、美しい田園風景が広がる。「持続可能な開発目標(SDGs)」の大切さを説くシンギーさんが、その活動のシンボルに掲げるのは自ら開発した竹製自転車の「スペダギ」。早朝に自転車に乗るという意味の造語だ。
村の資源でもある竹林を活用し、自然と共生する心地よさを知る。「物質至上主義にピリオドを打ち、豊かさの本質を追究しよう」。そんなシンギーさんの思いは国境を越え、日本でも多くの共感を呼んだ。
スペダギが受賞した「グッドデザイン金賞(経済大臣賞)」では、「職人の技、村の産業、地域性をアピールし、外部からの誘致を促して村全体の活性化を目指す考え抜いた取り組み」と評価された。
「数年前までここはごみの集積所だったが、今は村民が自発的に美化に動き、村の暮らしに誇りを取り戻した」
午前6時半。シンギーさんの案内で村の中心部にある竹林に行った。朝市のパサール・パプリンガン。美しい竹林のトンネルを抜けると、公園のように整備された広場に出る。ここに村人が自慢の有機野菜を持ち寄り、月に一度の朝市が開かれる。多いときは数千人もの観光客が訪れるという。
コロナ禍で朝市の開催は見送られているが、村人のひとりは、「都会の人がここを訪れ、新鮮な野菜に目を輝かせる。竹林を抜ける風の心地よさに感動してくれる。自然豊かなこの村に生きる意味、そして誇りを取り戻す瞬間かもしれない」と胸を張る。
シンギーさんが手招きをする方向に向かうと、巨木の前で立ち止まるよう指示された。そこは湧き水を使った村の共同洗濯場。なんと、女性たちは裸で洗濯をしていた。
「洗濯機は買ったけど、使わないの。湧き水の水浴びが気持ちよくて。自然に囲まれて洗濯をしながら、心も体も開放してあげたい」と話す女性は、恥ずかしそうにしながらも、その笑顔に迷いはない。
トゥマングン県の湧き水の気持ちよさは、筆者も実感するものがあった。シンギーさんが友人と共同経営する民宿は、古民家を買い集めたバンガロー形式。シャワーを浴びれば、まるで乾いた細胞に潤いが染みこんでいくよう。ジャカルタから持ち込んだコーヒーを淹れると、香りも味も別次元のものに変わる。
そう感想を伝えるとシンギーさんは「自然との共生とは実は心と体に気持ちいい」と言ってにやり。思わず、「ここに住みたい」と言いかけたが、ひとまずもう一度、水田の稲穂が実るころに訪れてみよう。(長谷川周人 写真も)