〝ユドヨノ党〟の危機
電光石火のクーデターだった。ミャンマーの話ではない。ユドヨノ前大統領率いる民主主義者党の造反劇である。
3月5日の夜、造反組は臨時党大会を独断で開き、党最高協議会の会長であるユドヨノと、その息子のアグス党首の職を解いて、新党首にムルドコ大統領首席補佐官を迎えることを瞬速で決議した。
既存の党規をまったく無視した暴挙であることは間違いない。しかし、この政治工作はきわめて大規模なもので、会場の手配から参加者動員、自警団配備などで3億円は出費している。地元警察への根回しも抜かりない。つまり、資金も権力も潤沢な政権内部の後押しなしには不可能なオペレーションといえる。
誰が中核にいるのか。メディアは「新党首」の野望に着目する。軍人時代から1千万円はくだらないリシャールミルの腕時計を見せびらかしてきた彼は、今も権力の中枢にあって資金力も豊富だ。政党の党首となって、次期大統領選への出馬を狙うという野望論が多く聞かれる。
しかしムルドコは世論調査では人気ゼロだ。出馬など無謀も甚だしい。それは本人もわかっていよう。であるならクーデターは他の目的があると考えたほうがよい。それは何か。〝ユドヨノ党〟の去勢そのものである。
同党は昨年のオムニバス法案に反対し、デモ勢力を側面支援してきた。今後も政権与党は2024年の総選挙に向けて、既得権益拡大の立法活動を加速していく。そのつど〝ユドヨノ党〟に反対され、反政府デモが勢いづき、与党批判が蓄積していく事態は避けたい。
また息子のアグスも、次期大統領選では野党党首として誰かの副大統領候補になる可能性を秘めている。その芽を摘むことは、与党連合の共通利益に他ならない。
今回の無理筋クーデターを認めるかどうかは、政党登録を管轄する法務人権省次第だ。その大臣は、ユドヨノ嫌いで有名なメガワティ元大統領を党首とする闘争民主党の所属である。なので認める可能性がある。もしくは結論を先延ばしにする。
その上で、ユドヨノ側かムルドコ側が相手を不当と告訴すれば、争いは司法に移り、おそらく最高裁まで決着はつかないであろう。判決が24年選挙の参加政党登録の期限に間に合わなければ、〝ユドヨノ党〟は終わりだ。こうやってジワジワと締め付ければ、今後数年〝ユドヨノ党〟は政府批判に腰が引ける
党の地方支部にしても、今はユドヨノに忠誠を示すものの、「新党首」の陣営に鞍替えすれば金も権力も将来も明るいと誘惑されれば、少なくない数の支部がなびいていくであろう。全国でこういう動きが進み、〝ユドヨノ党〟は実質的に崩れていく。
こういうシナリオを考えると、今回のクーデターの背後には、ムルドコの野望という個人的な側面よりも、もっと大きな構想があり、ときの政権が野党潰しに精を出すというグロテスクで剥き出しの権力政治が見え隠れする。(本名純・立命館大学国際関係学部教授)