コロナと超自然
「8月に新型コロナの抗ウイルス製品を出荷します」。リンポ農業大臣の今月初めの発表だ。その抗ウイルス製品は、農業省で開発中のユーカリ成分で作られたネックレスだという。「もう実験済みです。これを着用すれば15分でウイルスの42%が死滅し、30分着けていれば80%が消滅します。もっと着ければもっと効きます」
一国の大臣が、コロナ禍の最中「ネックレスで治療」というネタをマジで語っている。日本であれば、そんな非科学的なことを口走る大臣は総スカンとなろう。インドネシアは違う。科学的ではない超自然信仰が各地に根強く存在する。コロナ禍で、そのさまざまな実態が浮き彫りになっている。
例えば、PCR検査や抗体検査を意地でも拒むウラマーがいる。近所のモスクでも人々に検査しないよう訴える。理由は、検査キットが体に触れると共産主義が体内に侵入するからだという。我々には理解不能なロジックではあるが、こういう話をそれなりに信じる土台が社会にあるのである。
また、西ジャワ州のボゴール県知事が嘆いていたが、県民のなかには病院より祈祷(きとう)師(ドゥクン)を頼りにする人も少なくなく、実際、新型コロナに感染した人が治療を求めて祈祷師を訪れている。西スマトラ州では、コロナの濃厚接触者が人気の祈祷師に殺到して、祈祷師も感染してしまった悲しい事例も報告されている。 胡散臭い話も少なくない。東ジャワ州に「セレブな女性ヒーラー」として有名な、ニンシ・ティナンピという人がいる。彼女のハンドパワーで病人が癒やされていく様子は、自身のユーチューブチャンネルに配信され、フォロワーは260万人を超える。そんなニンシが「コロナ治療のドリンク薬」を販売し始めた。「私の祈りが注入されたこの液体を飲めば、コロナが怖い人も感染した人も皆治ります」と訴える。値段は一本3万5千ルピア。彼女の「コロナ御殿」が建つ日は近い。
また、国会副議長のダスコ氏は、不運にも新型コロナに感染してしまったが、中国伝統医薬の液を飲んだら、陽性が陰性となりケロッと完治したという。この「コロナに効く」という飲み薬を扱っているのは、国会のコロナ対策機動部隊だ。ここが中国からの輸入の卸元になり、各地の病院に配ろうとしている。
国内産のハーブで同じものを作れるのに、なぜ輸入品を病院に卸すのかと伝統医薬品(ジャムー)生産者協会は批判する。もっともな話だ。輸入する中国伝統医薬の独占販売でもうけようという利権の構図が見え隠れする。
超自然を信じることから生まれる夢や希望は小さくない。それは精神の清涼剤になり、豊かな人生観を与えてくれる。しかし他方で、それを利用して火事場泥棒的なもうけネタを開発する輩も少なくない。コロナ危機は、その光と影を見事に浮き彫りにしている。(本名純・立命館大学国際関係学部教授)