洪水の季節の政治ゲーム
先月末、また大洪水がジャカルタを襲った。今年に入って6回目。記憶に新しい元旦の大洪水は、過去10年で最大級だ。この洪水で政治も動きつつある。ジャカルタ特別州知事アニスの責任追及だ。洪水対策の不備をアニスの失態とし、彼が無能だという世論を広めていく政治が活発になってきた。
先頭に立つのが与党の闘争民主党だ。当然2024年の大統領選挙を見据えている。最新の世論調査が、次期大統領はプラボウォ国防大臣とアニスが有力だと発表したことも影響する。
闘争民主党はアニスを嫌う。17年の州知事選で、同党が擁立したアホックを撃沈したのがアニスであり、同党を嫌うイスラム保守勢力の強い支持がアニスを勝利に導いた。いかに彼を潰すか。党幹部は戦略を練る。
次期大統領選でアニスを担ぎたいのが、そのイスラム勢力の「212同窓」だ。政党では、同じくイスラム系の福祉正義党や、メディア王のスルヤ・パロ率いるナスデム党が関心を持っている。前大統領のユスフ・カラもアニスの後見人だ。
こういう勢力が結集する前にアニスを無力化する。それが闘争民主党の狙いだ。その機会は再来年、州知事の任期満了の年に訪れる。
知事の任期は5年なので、17年に就任したアニスの任期は22年までとなる。だが、次の知事選は22年ではなく、24年の大統領選挙の後にやるというのが現行法の規定だ。そして、その2年間の空白期間は、内務大臣が「代行知事」を任命することになっている。ここで政権に近い人を州知事に任命する。アニスも退任となれば、一気に存在感も失う。前国軍司令官のガトット将軍が典型だ。これがシナリオAである。
シナリオBもある。22年州知事選の延期は、市民社会の批判も強い。それを無視するのも政権与党としては悩ましい。法改正して22年に知事選を実施するという可能性もある。
その場合、闘争民主党は、アニスと人気で争える候補者を準備するだろう。第一候補はスラバヤ市長のリスマだ。「アニスと違って実行力がある。ジャカルタに初の女性知事を」という売り込みになろう。
出馬には政党推薦が必要だ。州議会で21議席未満の政党は推薦できない。アニスは前回、プラボウォ率いるグリンドラ党の推薦を受けたが、次はない。プラボウォこそアニスを警戒する当事者だ。
それでもアニスは16議席の福祉正義党と、支持層的に近い国民信託党の9議席を足せば立候補できる。ただ前回選挙と違い、「宗教冒涜」というカードはリスマには使えない。であれば再選阻止は十分に可能。これがシナリオBである。
いずれにせよ、再来年に向けた政治展開は、これから洪水のごとく激流になっていく。(本名純・立命館大学国際関係学部教授)