老兵は死なず…
まさにデジャブだ。先月21日と22日のジャカルタ暴動と、それをめぐる政治エリートの駆け引きは、1998年の暴動の記憶をよみがえらせる。
役者も同じだ。プラボウォがいてウィラントがいる。今も昔もライバル同士。
取り巻きたちも健在だ。プラボウォ陣営にはキフラン、スナルコ、シャフリ、ザッキーといった退役将校が名を連ねる。21年前と変わらぬ顔ぶれだ。
ウィラント側には、ルフット・パンジャイタン、ヘンドロプリヨノ、アグム・グムラル、ウィスモヨ、ムルドコなどの退役将校が集まる。これも21年前と同じだ。
5月22日の暴動の関連で、キフランとスナルコが逮捕された。反発するプラボウォ陣営の退役将軍たちは、陸軍特殊部隊(コパスス)出身の退役軍人数百人が、不当逮捕に怒っていると勢威を放つ。コパススは秘密工作専門の精鋭部隊。昔は泣く子も黙る殺しの忍者集団の異名を持っていた。
対抗するウィラント政治法務治安調整大臣は、5月31日に大統領官邸に陣営の退役将校たちを結集させた。全員、昔からのプラボウォ嫌いで有名な人たちだ。
98年5月のジャカルタ暴動のとき、軍内はウィラント司令官とプラボウォ戦略予備軍司令官の対立を反映し、暴動を抑える側とあおる側に分かれた。事態収束後、真実追求委員会の報告書は、プラボウォに近い将校たちの暴動扇動を示唆した。その彼らは、左遷や軍籍剥奪された。プラボウォもその一人だ。
今回もウィラントは同じストーリーを描こうとしている。キフランとスナルコの逮捕をアピールし、「彼らが平和的な抗議デモに紛れて騒乱をあおり、死者を出して政府に責任追及する計画を企てた」というストーリーである。
暴徒の多くが金で雇われたチンピラだったという点も強調され、こうした点と点を結ぶと、「選挙で負けたプラボウォ陣営が仕掛けた暴動だった」と世間が思うように誘導している。
ただ、21年前と同じで、実際には首謀者の特定や動機は解明されないであろう。極めて政治的な駆け引きの末に、幕引きになると思われる。
21年前と違うのは、国軍が分裂していないことだ。分裂していたら、昔みたいに暴動は広まったかもしれない。今回は警察も軍も暴動鎮圧で一枚岩だった。
また21年前と違って、ジャカルタのチンピラ組織の多くが今回は政権側に付いており、暴動企画に参加していない。それも規模拡大に至らなかった大事な要因だ。
「老兵は死なず、ただ消え去りもしない」。それを見せつけられた。こういうデジャブはもう勘弁してほしい。(本名純・立命館大学国際関係学部教授)