【メラプティ】公開討論会を前にして 立命館大学国際関係学部教授・本名純
4月の大統領選に向けて、この1月から4月にかけて5回の公開討論会が行われる予定だ。その第1回目が今月の17日。初回のテーマは、法、人権、汚職、テロである。どちらが優勢に出るのか。その結果は支持率にも反映されてくるだろう。
このテーマだとプラボウォ陣営は間違いなく劣勢だろうと多くの人が思っている。無理もない。彼はスハルト独裁時代の数少ない象徴だ。陸軍特殊部隊のリーダーとして、過去のさまざまな人権侵害に関与してきた。民主化運動の学生たちを拉致した責任も問われた。自らをリッチにさせたビジネスの機会も、スハルトの娘婿という立場や汚職・縁故主義と無縁だったとは誰も思わない。こういう過去を背負ったプラボウォにとって、今回のテーマは憂鬱(ゆううつ)であろう。
でもジョコ・ウィドド(通称ジョコウィ)陣営は本当に優勢か。そうとも言えない。現政権は、多くの人が気づかない中で、法の乱用や人権侵害、恣意(しい)的な汚職対応を顕著に行ってきた。
例えば司法でいえば、検事総長は政権与党の元国会議員であり、中立性が疑われてきた。彼は任命直後から積極的に野党議員を何人も汚職疑惑で逮捕し、野党連合の切り崩しに貢献してきた。逆に与党の闘争民主党の議員などは、まだ一人も汚職で捕まっていない。
法務人権省も「反逆罪」の適用をちらつかせて、反ジョコウィ活動家たちの批判運動を封じ込めてきた。また「社会組織に関する政府条例」を作って、反ジョコウィのイスラム急進組織である解放党を強制解散させた。この条例は司法審査権を無効にするため、反政府勢力を黙らせる強力な武器となりえる。
現政権は、選挙での大統領の交代を訴える社会運動である「2019GP」の集会も各地で禁止した。総選挙委員会が合法な集会だとしているにも関わらず、警察や民兵を動員して、この集会の解散を強制してきた。
人権侵害についても、各地で政府が進めるインフラ事業に伴う土地紛争や労働争議で、住民や労働者たちが犯罪者扱いされるケースが多数報告されている。
現政権のこれらの対応は、ジョコウィ支持者にとっては痛くもかゆくもない。むしろプラボウォ大統領の誕生という「スハルト時代への回帰」を食い止め、「民主主義を守る」ための対応だと理解する傾向にある。
しかし、法の恣意的な運用で反政府勢力を懐柔するやり方は危険だ。乱用されれば、正当な反対意見や政治運動が封じ込まれる。それは民主主義にとって自殺行為でしかない。公開討論会では、両陣営とも法の支配と人権尊重に真摯(しんし)に取り組む姿勢を期待したい。(立命館大学国際関係学部教授・本名純)