陸軍の掌握
毎年10月5日は国軍記念日である。73周年を祝うことしの式典で、ジョコウィ大統領は異例の演説をした。「共産主義の撲滅」を軍に注文したのである。その背景はもちろん政治であり、選挙戦での「ジョコウィは共産主義者」というフェイクニュースを警戒してのことだ。
しかし政治ウォッチャーたちの関心は他にあった。選挙戦に突入すると陸軍の役割が重要になる。では来年1月に予想される陸軍参謀長の交代で、誰が新たに陸軍のトップに抜てきされるか。ジョコウィはどう人事を動かすのか。ここに関心が集まっている。
今の陸軍参謀長のムルヨノ大将は、国軍士官学校1983年卒。その後継人事なので85~87年卒あたりが射程となる。ただ85年卒の出世頭ムナルド中将(国防協議会事務総長)はユドヨノ前大統領との関係が濃く、86年卒の出世頭スライマン中将(陸軍副参謀長)はガトット前国軍司令官の色がついている。そういうのはいつの時代も煙たがられる。
そこで87年卒が注目を浴びている。誰が候補か。ほぼ2人に絞られよう。アンディカ中将(戦略予備軍司令官)とヘリンドラ中将(国軍監察長官)だ。2人とも陸軍特殊部隊の出身で諜報畑の将官だが、前者は過去にジョコウィの大統領親衛隊長も務めている。メガワティ闘争民主党党首の右腕でもあるヘンドロプリヨノ元国家情報庁長官の娘婿でもある。
このアンディカと競争するのがヘリンドラだ。彼は士官学校の首席卒業生、つまり同期のヒーローである。
今の国軍司令官であるハディ空軍大将に仕えていることから、同司令官の支持も厚い。ハディとしてもヘリンドラが陸軍の参謀長になれば、二人三脚で国軍の運営をやっていけるし、自身の軍内掌握にもつながる。この目論みもあって、大統領にヘリンドラを推薦するはずである。
87年卒には、実はもうひとり候補としてプトラント中将(陸軍教育訓練司令官)がいるが、内部ではユドヨノに近いと見られているため、最終的には候補に上がってこないと思われる。
さて、こういう状況でジョコウィは誰を選ぶか。メガワティやヘンドロプリヨノの声に押されてアンディカにするのか。はたまた、ソロ市長時代からの旧友であるハディの意見を尊重し、彼の軍内掌握を側面支援するのか。
大統領にとってはどちらも一長一短であろう。ただ、選挙を控えて、陸軍の中核部分の忠誠を確実に確保したいという短期的な動機も強くなる。そうなるとアンディカという選択が最も合理的に映るかもしれない。(立命館大学国際関係学部教授)