ギグ・エコノミー
インドネシアでもGrabやGojek等の浸透によりすっかり定着した感のあるギグ・エコノミー(ネット上のプラットフォームを経由して単発的か短期の仕事を仲介するビジネスの総称)だが、ここへきてやや懐疑的な見方が広まりつつある。主にはギグ・ワーカー達への待遇が不当に低く抑えられ、結果として人的資源の成長を阻害しているとの見方だ。8月にはジャカルタで、ライドシェア・ドライバーによる待遇改善を求める大規模なデモも起きて、運輸大臣から法整備も含めて対応する意向が示されるなど、社会的にも注目を集めるテーマとなってきた。
昨年出た世界銀行のレポートによると、世界中でギグ・エコノミーに従事する人は全就業人口の12%にも達する。概ね先進国で高い傾向にあり、インドネシアでの推計は見当たらないが、まだここまでの水準には達していないと見られる。ただ、例えばGojekが開示している登録ドライバー数は2020年に2百万人であったものが昨年には3百万人を超えており、急速な増加ペースが見てとれる。
ギグ・ワーカーの権利保護については欧米が先行している。EUでは服装や行動ルールが設定されている、労働時間選択の自由が制限されている等の一定の基準を満たすギグ・ワーカーについては、これを従業員と認定し、プラットフォーム企業に必要な保障や福利厚生を義務付ける。アジアではシンガポールで、来年1月より類似の法規制が適用される予定だ。
このような規制はプラットフォーム会社にとってはビジネスモデルの根幹に影響する。仕事を提供する人たちをあくまでも契約上のパートナーと見なしていたものを、従業員と認定することは、人材派遣業や旅客運送業といった既存ビジネスとの差異が大きく縮まることを意味する。
米国では、Uberが配車アプリのサービスを最初にスタートさせたのが2010年だったが、この10数年間でプラットフォーム会社を取り巻く規制環境は様変わりした。大手プラットフォーム会社はいまだ黒字化が定着できておらず、規制対応コストの上昇を吸収するため、利便性や価格面での優位性が薄れてきているとも言われる。ビジネスモデル上の均衡点を探っているところと言えるかもしれない。
インドネシアでも同じ状況になっていくであろうか。インフォーマルセクターでの就業人口が6割近くを占め、不本意なパートタイム就業等の不完全雇用が8・5%にものぼるインドネシアでは、ギグ・ワーカー保護においても先進国とは異なる目線が出てくるかもしれない。
ライドシェア解禁で足踏みする日本と比べると、インドネシアでは政府の迅速な対応もあってギグ・エコノミーの浸透が大きく進んだ。今の局面における保護規制の検討においても迅速かつ適切な対応ができれば、プラットフォーム会社とギグ・ワーカーをWin—winに導く均衡点を見出すことができるかもしれない。(三菱UFJ銀行ジャカルタ支店長 中島和重)