縮む中間層

 先月、中央統計局(BPS)が公表した、中間層人口が減少しているとの統計が話題を呼んでいる。ローカルメディアはもとより英語・日本語メディアでも報じられているので目にされた方も少なくないのではと思う。
 BPSの公表データによると、2019年時点で57百万人だった中間層(Middle Class)人口が2024年には48百万人に減少、総人口に占める割合も22%から17%へ低下した。中間層の上の上位層(Upper Class)の人口シェアは僅少だがこれも減少している。従って過去5年間で実に約9・5百万人もの中間層が下方移動して中間層予備層(Aspiring Middle Class)に転落したことになる。これは東京都23区の人口9・8百万人に匹敵する規模だ。
 BPSが採用している所得階層の区分けは世界銀行の定義に沿っているが、いまの中間層の定義は月間支出額で約2百万〜9・9百万ルピアとされており、この層から転落するということは、いわゆる耐久消費財にはほとんど手が出せなくなることを意味しよう。
 この前の5年間、すなわち2014〜2019年を見ると、中間層人口は毎年一貫して増加してきていた。しかし2019年を境に減少に転じ、その後は毎年減少しているので、明らかにトレンドの転換があったと見るべきだろう。
 このトレンド変化の原因が何なのかについても、政府・当局関係者などからさまざまな見方が示されている。コロナ禍の影響での人員整理や所得減少に対して十分なセイフティ・ネットが提供されなかったこと、雇用吸収力の強い製造業が安価な輸入品との競合にさらされ低迷していること、食糧インフレと高金利の持続で家計債務の返済が難しくなる層が増えていること、等々。
 おそらく現実にはこれらの要因が複合的に作用していると考えられるが、ひとつひとつの要因には、今後数年のうちに解消し得るもの(セイフティ・ネットや高金利)とより構造的なもの(製造業の雇用吸収力)とがあるだろう。特に製造業の位置付けについては、GDPへの貢献割合も長期トレンドで緩やかに低下してきており、今後マクロ経済運営上の懸念材料となってくるかもしれない。
 中間層の減少トレンドは、これら経済的な側面に加えて、社会的な側面でもインパクトをもたらすのではないだろうか。70年代に消費社会論の考察に道を開いたフランスの哲学者ジャン・ボードリヤールは、消費行動を「他者との違いを表す記号」の獲得として再定義した。中間層の消費行動は、機能的な便益のみならず、デザインやステイタスといった要素に強く動かされるだろうが、それは自ずと職場や地域といった自分が所属するコミュニティでの他者と自分との関係や位置付けを意識したものになるとの含意だ。この側面はSNSで豊かな生活の「記号」が飛び交う中でさらに増幅されているだろう。
 いったん手に入れた居心地の良い記号を経済的困窮から手放さなくてはならないのはとても辛いことだ。ここまでの規模の中間層減少が今後も続くとすると、社会的にも負の感情が拡がり、これがまた政治利用されるといったリスクの芽も出てくるかもしれない。
 現政権はインドネシア建国100周年にあたる2045年までの先進国入りを目標に掲げるが、この時には中間層比率が80%になっている前提であることも併せて示している。まだ先は長いとはいえ、足下の17%からは大きな飛躍となる。次期政権下でこのスローガンと実態との乖離を縮められるかどうか、まずは今のトレンドが反転するかをよく見ておく必要がありそうだ。(三菱UFJ銀行ジャカルタ支店長 中島和重)

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