ゆるゆるとゴリゴリの選挙戦
先月28日、大統領選挙と議会選挙に向けての選挙キャンペーンが正式にスタートした。キャンペーンは2月10日まで続く。各大統領候補は、どのように選挙戦を進めようとしているのか。世論調査でトップを走るプラボウォの選挙戦をみてみよう。
いま、街のあちらこちらで、プラボウォとギブランの正副大統領候補ペアをアニメ風にキュートに描いた選挙ポスターが、市民の注目を浴びている。ソーシャルメディアでも同じだ。
前回の大統領選で、タフでマッチョなコワモテを演出したプラボウォとは思えない「ゆるキャラ」路線へのイメチェンだ。いつもは仏頂面のギブランも、「萌えキャラ」に変身し、二人揃って可愛さアピールに励んでいる。
この印象操作は、きわめて戦略的である。狙いは、第一にプラボウォの過去のイメージの払拭だ。彼には、スハルト時代のエリート軍人としての黒い過去がある。その象徴が、民主化活動家の拉致監禁などの人権侵害だ。
政界では彼のキレやすい性格も有名である。有権者も、オジサン・オバサン世代になると、プラボウォへのアレルギーが強く、彼の性格は変わらないと信じている人が多い。こういうネガティブな認識を払拭するために、ゆるキャラを最大限に動員する選挙戦を展開している。
第二の狙いは、Z世代の感覚とのシンクロである。彼らにとって、デジタル空間の人物表現にアバターが使われることは日常的で、その仮想イメージがリアルを圧倒するギミックとして、プラボウォの「ゆるキャラ化」が仕組まれている。ゆるいプラボウォを見て、エモいとかキモいとか言い合う過程で、彼は「いじられキャラ」と化し、Z世代の親近感が集中する。その効果を狙った選挙戦略だ。
このような、ゆるゆるソフトなイメージ戦略を前面に出す一方で、現政権がバックについているプラボウォ陣営の選挙戦は、ゴリゴリの強権的な手法も動員されている。この硬軟両様の攻めで、圧倒的な勝利を目指し、大統領選を一回で終わらせようと展望している。
ゴリゴリ手法の典型が、警察や検察を動員した、村落レベルでのプラボウォ支持誘導である。東ジャワ州や中部ジャワ州といった大票田では、伝統的に闘争民主党や民族覚醒党が強く、彼らが擁立するガンジャル候補やアニス候補を支持する村落が多い。このような地域で、村長たちが地元の警察や検察に呼び出され、汚職疑惑の因縁を付けられるケースが多々報告されている。プラボウォ支持で村の票を動員すれば、逆に村長の任期延長や村予算の増加といったアメが準備されているという。
こういう選挙工作が可能なのも、ジョコ・ウィドド大統領が建前は中立でいるものの、実質的には息子のギブランがペアを組むプラボウォを支持する方向で動いているからである。大統領は、次の政権をプラボウォとのパワーシェアリングだと認識しており、国家資源をフルに使ってプラボウォの勝利を助けることで、自らの影響力も温存できると考えている。
その権力ビジョンこそが、スハルト時代を彷彿させるゴリゴリ手法の選挙戦を招いていると言えよう。ゆるゆるとゴリゴリが奇妙に共存するプラボウォの選挙キャンペーンは、この国の選挙政治をどのように変えるのか。注視していく必要があろう。(本名純・立命館大学国際関係学部教授)