アニスとパロの同床異夢
今月2日、次期大統領選挙に出馬予定のアニス・バスウェダン前ジャカルタ特別州知事は、民族覚醒党のムハイミン党首を副大統領候補にすると発表した。これは大きなサプライズとして注目された。
なぜなら、昨年来、誰よりも早くプラボウォ・スビアントとの共闘を決め、彼の副大統領候補になる野心を隠さなかったムハイミンが、突然陣営を乗り換え、電光石火でアニスとのペアを決めたからだ。しかもアニスは、直前までユドヨノ前大統領の長男で野党の民主党を率いるアグスとペアを組む準備をしていた。その矢先の出来事だ。ユドヨノもアグスも、アニスの「裏切り」を猛烈に抗議し、アニス支持を撤回した。
この一連の展開を、ムハイミンの野望、アニスの背信、そしてアグスの失恋というメロドラマ的な力学で見るメディアは少なくない。だが、今回浮き彫りになったより本質的な部分は、アニスと彼のパトロンであるナスデム党のスルヤ・パロ党首の力関係であり、両者の同床異夢である。
アニスにとって重要なのは、選挙で最大限の票を取ることだ。特に支持が弱い中部・東ジャワ州で、どれだけ票を伸ばすかがカギである。世論調査では、彼のペアとして最も支持率が高いのがアグスであり、ムハイミンは極めて低い。アニス選対も、大統領選挙の基本は人気投票であり、政党や団体の票動員はあまり当てにならないことをよく分かっている。そのセオリーに従い、ペアはアグスでよいと最終的には判断していた。
しかしパロの視点は違う。大事なのは、第一に党首としてナスデム党の勢力拡大、つまり国会議席の増強だ。自党がアニスを出馬させることで、その便乗効果を議会選挙で期待する。
そしてパロにとって同等に重要なのが、大富豪としての自分のビジネスの安泰である。この観点から、彼はアニスとアグスのペアリングを懸念していた。アニスとアグスのペアが成立した瞬間に、それは現政権に対する反対勢力というカラーも定着する。現政権との対立と関係悪化は、パロのビジネスにとってマイナスに働く展望しかない。すでに多くの圧力を受けている。
パロは「反政権」のレッテルを避けるためにも、副大統領候補を政権側から連れてこようと模索してきた。何人かに断られ、もう無理かと落胆していた矢先に、突如ムハイミンの可能性が浮上し、両者は即決で合意してアニスに「強制結婚」を迫った。
このときアニスは、パロの「提案」を断ったら、自身を擁立するナスデム党の支持も失い、大統領選に出馬さえできなくなるという権力関係の現実をみた。アグスには悪いが、パロには逆らえない。民主党が去っても民族覚醒党が加わる。出馬は安泰だ。そういう実利主義的な政治判断が、アニスを妥協へと導いた。
興味深いことに、パロはアニスを説得するやいなや、ジョコ・ウィドド(通称ジョコウィ)大統領に成果報告している。ジョコウィの反応がかなり良かったことに、パロも安堵しているだろう。彼のビジネス面での不安は、これで随分と解消されるはずだ。
アニスとパロ。両者の関係は、大統領候補とそのパトロンであるものの、違った政治ベクトルで動いている。前者は、ジョコウィ時代からの変革を訴えるリーダー像を模索する。後者は、自分のビジネスと政党の継続と維持が原動力となっている。その両者の矛盾と妥協が、今回のメロドラマの本質として見え隠れしている。(本名純・立命館大学国際関係学部教授)