【メラプティ】オムニバス法のジレンマ
先月の20日と30日に多数の労働団体がデモを行った。政府が今年度中に制定をめざす、「雇用創出に関するオムニバス法」への強い反対表明である。
この法は大統領の肝いりだ。第1期ジョコ・ウィドド政権は、インフラ開発を重点課題とした。2期目に入って、人的資源開発に力を入れている。
その理由も明確である。今インドネシアは、いわゆる「人口ボーナス期」のピークにある。生産年齢人口の教育レベルも高くなっている。この人たちが、しっかりと就業できるようになることが、この国の経済の命運を握っているといえよう。
しかし、労働市場は極めて競争的で、高等教育を受けても就職が困難になっている。製造業が弱く、十分に雇用の受け皿になっていないのが原因のひとつだ。製造業を活性化し、雇用創出につなげる。これが大統領の思いである。
では労働団体は何に反対しているのか。雇用創出の名の下で、製造業への外資誘致が優先され、労働法で保護されている労働者の権利がないがしろにされる事態を警戒している。雇用を増やすために労働基準を緩和する流れに反対なのである。
労働団体がジャカルタで騒ぐので、このオムニバス法は都市の労働問題に着目されがちだ。しかし同様に、もしくはより全国規模で懸念されるのが、環境問題である。同法は、投資促進のため、事業実施の際に必要だった「環境影響評価」をなくす方針を示している。
これで何が起きうるか。環境より事業者を優先した開発プロジェクトのブームであろう。今、各地で環境団体が森や海を守ろうとがんばっているが、そういう活動も、今後は企業活動への妨害として「犯罪化」される懸念が高まっている。
環境と開発のバランスは昔からの悩みではあったものの、ここにきて「アンチ環境」への揺り戻しが顕著になりつつある。
みんな大好きなバリも、その悩みを抱えている。いまバリは、深刻な水の危機にある。観光客が集中する島の南部では、豪華ホテルやビラのプライベートプールで大量の水を消費し続けている。この水はどこからくるのか。島北部の山々から業者が採取して直接取引している。
この北部での過剰採取が問題で、島中部の村々では川の枯渇が深刻化しており、水道から水が出るのは週に1〜2度という事態が昨年起きた。多くの村で、衛生状況が悪化しただけでなく、農作物もだめになった。 今後、オムニバス法が成立し、環境軽視のビジネス投資がバリで加速するならば、さらなる負のインパクトを懸念せざるを得ない。
このように、大統領が夢見る雇用創出は、様々なジレンマを抱えている。これから一つ一つどう乗り越えていくか。注目していきたい。
(本名純・立命館大学国際関係学部教授)