「緑狩り」の政治
「ラディカリズム(急進主義)は危険だ。国家原則のパンチャシラを脅かす。根絶すべきだ。」こういう声が政府の中で勢いを増している。なぜいまラディカリズムとの戦いをアピールしようとしているのか。その実態とインパクトを考えたい。
いわゆるイスラム急進主義勢力は、先の大統領選挙でプラボウォを支持し、現職のジョコ・ウィドドの再戦を阻もうとした。その選挙の後遺症ともいえるのが、現政権やその支持者たちが抱くイスラム主義勢力への不信感である。この勢力が今後の政治的脅威にならないように弱体化させたい。そう考えても不思議ではない。
その思いを加速させたのが、10月半ばにウィラント前政治法務治安調整相が刃物で襲われた事件で、犯人はイスラム過激思想の持ち主だった。これをきっかけに、反ラディカリズムのキャンペーンが政府主導で急速に広まっていった。
まずは宗教大臣が、ムスリムの女性公務員に対して、目以外の顔を覆うニカブの着用を禁じる規則を導入する案を発表した。ウィラントを襲った一人がニカブを着用していたことから、「ニカブ=ラディカル」という烙印を押そうとしている。
また宗教大臣は、各地で市民が自由に行っているコーラン勉強会を登録制にすると言い出した。省に登録した会は正当で、そうでないものは不当とする措置だ。政府の目の届かないところで行うコーラン勉強会をラディカリズムだと烙印を押す動きに他ならない。
さらに政権は先月、公務員に対して、ソーシャルメディアでラディカルなネタを流布してはならないとする命令を複数の政府機関の合同決定として出した。宗教省のほかに、内務省、国家警察、国家情報庁などの治安機関が名を連ねている。
そのラディカルなネタとは何か。決定では、パンチャシラや憲法、共和国を否定するものとあるが、政府批判も含まれると書かれている。
これら一連の圧力は、明らかに「緑狩り」である。緑はイスラムの色だ。イスラム急進主義はテロにつながる怖い思想で、パンチャシラを否定する反インドネシア運動だというレッテルを貼り、ラディカリズム撲滅の世論扇動を目論むものである。
この政府プロパガンダは、とても危なっかしい。何をもってラディカルとするのか曖昧極まりない。
おそらく役所では、人事に絡んでラディカリズム密告が横行し、緑狩りは昇進競争のツールと化すだろう。
また、公務員や国立大学の教員、国立研究機関の研究者の政策批判さえもラディカリズムと烙印を押される可能性がある。
こういう展開は、健全な政策評価を妨げるだけでなく、思想や言論の自由を圧迫し、民主主義の土台を削ることになりかねない。(本名純・立命館大学国際関係学部教授)