薄氷踏む利下げ
先週水曜日、インドネシア中銀が大方の予想に反して政策金利の引き下げを決めた。ブルームバーグの集計による事前予想では、38人のアナリスト全員が金利据え置きを予想していたので、今回の決定は相応の驚きを持って受け止められたと言える。同日以降、為替市場はルピア売り優勢となり、先週末には半年振りの安値水準となる1ドル1万6400ルピア台をつけるに至った。
中銀は、昨年12月の金利決定のタイミングにおいては、ドルとの金利差を念頭に「ルピアの為替レート安定に注力する」(中銀声明文)ことを強調、金利据え置きを正当化した。それから1ヶ月、米国の強い雇用統計や、トランプ政権発足前に活発化する政策打ち出しにより、ドル金利はむしろ上昇基調を辿る。年末にはルピア売り圧力が強まるなど、「ルピア為替の安定」という観点ではむしろ逆風の状況にあった。そのような中での今回の中銀の方向転換は、別の要因、つまり国内景気のテコ入れが金融政策においても急務であることを強く印象付けることにもなった。
今回の政策金利決定における中銀からの声明文を見ると、景気認識が明らかに変わってきていることが読み取れる。「輸出は主要貿易相手国の需要が弱く低調」、「家計消費は低位中所得者を中心に弱く」、「生産能力は需要を上回っており民間投資も弱い」、といったように従来見られなかった悲観的な表現が並ぶ。今回の声明では、中銀による経済成長率見通しレンジも若干(わずか0・1%)ながら引き下げているが、トーンとしては更なるダウンサイド・シナリオも想定しうる印象を受ける。 来月5日には昨年第4四半期のGDP統計が出てくる予定だが、これによりもう少し具体的に景気認識のニュアンスが見えてくるかもしれない。
今回の声明文でもう一つ目立ったのは、中銀による成長促進への貢献をより強く打ち出し始めたことだ。政策金利以外の領域、例えば市場の活性化や決済システムの整備といったことにも言及して、成長への貢献をアピールしている(今回の声明文で「成長」というキーワードは前回分の30回から39回に増加)。足下の景気認識に加えて、プラボウォ政権による8%成長目標は、独立性を宗とする中銀の方向性にも影響を及ぼしてくるかもしれない。
2000年代以降のエマージング国の経済成長は(もちろん個別国の事情は大きいものの)大きく2つの外的要因に左右されてきたと言える。一つはドル金利の水準。これは多くのエマージング国がドル建ての対外債務を抱えていることと、自国通貨の価値を防衛するためにドル金利に沿った金融政策をせざるを得ないことによる。もう一つは中国経済の動向。中国経済の成長加速が天然資源や工業製品の需要と価格の上昇をもたらしてきた。ただいま足下の状況は、この2つの要因がいずれもエマージング国の経済にはネガティブに働く地合いになっている。インドネシアも例外ではないだろう。
今回の利下げ決定は、ルピア為替の安定を多少犠牲にしてでも利下げによる成長促進に舵を切ったものだと言える。チャレンジングな外部環境が続く中で、今後どの程度の金利引き下げが実現するか、今後の景気動向を見る上でも注目すべきであろう。
(三菱UFJ銀行ジャカルタ支店長 中島和重)