長引くドルの高金利
ここ数週間の金融市場での一番の注目ポイントは米ドル長期金利の上昇だろう。10年物米国債の利回りは8月後半に一時4・3%台と約16年ぶりの高値を付けた。今月に入っても高止まりが続く。
一番の要因は、一時は景気後退入りが予想されていた米国経済が意外と底堅いということが見えてきたことだろう。もともと堅調だった雇用は根強いインフレの主因ともなってきたが、これに加えて個人消費の強さも目立ってきた。先月発表された7月の小売売上高は市場予想を上回る強い伸びを見せており、当初心配されたコロナ後のいわゆるリベンジ需要剥落も今のところは影を潜める。
米国経済はコロナ以前より、トランプ政権以降の移民受入制限や働き方のシフトによる早期リタイヤの増加などで構造的な労働需給ギャップがあったと言われるが、それに伴う賃金上昇が消費に結びつく好循環をつくりだしているところに力強さの根源があるだろう。
市場の金利水準は、短期金利は中央銀行が決める政策金利によってほぼ決まるが、長期金利はその短期金利の水準に影響を受けつつも、市場の需給によって決まる度合いが高い。16年前の米ドルの高金利は、インフレ期待の持続と景気拡大がかなり長く続いたことで生み出された(その後の景気過熱が2008年のリーマン・ショックへとつながっていく)。今はさすがに当時ほどの楽観は無いものの、景気後退を避けながらインフレ沈静化が可能なのではとの期待感が広がっており、市場では徐々に楽観ムードが支配的になってきていると言えよう。
ドルの政策金利は、米連邦準備理事会(FRB)が年内にあともう一回の利上げの可能性を示唆し、市場参加者の方もそれを半分ほどは織り込みつつある。そのような中で市場の関心は、政策金利がどこまで上昇するかという「高さ」の問題から、高い政策金利がどのくらい続くのかという「長さ」の問題にシフトしてきている。ひと頃は年内にも利下げが始まるのではないかとの見方が支配的であったが、今足下での市場予想は来年第2四半期(4〜6月)以降というのが大勢だ。この市場予測の変化は長期金利の上昇とも平仄が合う。今後の景況感及びインフレの根強さ次第では、利下げの開始がさらに後ろにずれていく可能性もあるだろう。
このような状況は米国以外の国々の経済にとってどんな意味があるだろうか。一般的にエマージング国にとっては、ドル金利の高止まりはネガティブな影響を及ぼす。対外債務の金利負担が増加するのに加え、金利差で自国通貨安が誘発されることで、ダブルで債務負担が高まることがあるからだ。すでにアルゼンチンや幾つかのアフリカ諸国がこのような経路を辿って(もちろんそれ以外の要因はあるものの)、対外債務支払に支障を来すようになっている。ドルの高金利が長引けば、今後同じようなケースが増えてくるかもしれない。
インドネシアは今のところ十分な外貨準備高を有しており、債務支払能力について直ちに心配するような状況にはない。ただ、今後ルピアの為替を安定させようとすると、ルピア金利の据え置きとルピア買いドル売りの市場介入を長きに渡って続けていく必要が出てくるかもしれない。資源価格の一服で貿易黒字が縮小してきていることも不安材料だ。昨年は順風だったインドネシアのマクロ経済運営は、ここへ来てじわじわと難易度が高まっていると見るべきだろう。(三菱UFJ銀行ジャカルタ支店長 中島和重)