マイク片手に♪「ディ・マナ〜」 「悩み吹き飛ぶ」 1時間2万ルピア 破格のカラオケ
インドネシアで「趣味はカラオケ」はちょっとした上流のしるし。だが、一時間二万ルピア(部屋貸し)と破格のカラオケ店が庶民に娯楽の場を提供している。
南ジャカルタ・チプリルにある中間層向けのモール「ITCチプリル」の五階。服飾店の間を抜け、乗用車三台分ほどのスペースにカラオケボックス「ミスター・ローチュス」はある。
大型トラックの運転席ほどの狭い部屋が二列で七部屋並び、大音量が混じり合う。開けっ放しのドアからお邪魔した。イエルニタさん(三九)が体を反らせて、ダンドゥッド歌手アユ・ティンティンの大ヒット曲「アラマット・パルス(偽りの住所)」を熱唱していた。その傍らで、ジルバブ姿のフィトリさん(三六)と男性が向き合い、粘っこいリズムをじんわりと噛みしめながら、妖しげに体を揺らしている。既視感―。これは日本の田舎のスナックのような光景ではないか。
薄暗い照明、ブラウン管テレビの明かり、月面を描いた壁紙。冷房のない部屋は体温で熱気を帯びていて、踊りをあおる。
茶髪のイエルニタさんはディスコにいるような出で立ち。「下の階で服飾店を経営しているのよ。それで、手が開いたら、よくここに来るの。私の趣味。ここで知り合った友だちも多いわ。歌うのはもちろん、ダンドゥッド」と目を輝かす。
ぼろぼろの部屋の造り、落書きだらけの板のドアが、いかにもダンドゥッドが聞こえてきそうな様子を醸し出す。都会的できれいなファミリーカラオケとは似ても似つかない。
面白いのは、戸を開けたまま、熱唱しているところ。「私の美声を聞いてください」というばかりだ。しかも、それぞれが知り合いらしく、各部屋を人々が往き来する。
客は歌うことが楽しくて仕方ない様子。店が提供するのはコーラとテ・ボトルだけ。お酒の助けなど借りずとも、気持ちが高鳴るのだ。
店を一人で切り盛りする従業員のイルワンさん(二八)は「三年前に開店しました。平日は五十組、休日は百組ほど来ます」と話す。
平日の客は三十代後半以上が中心で、多くがモール内の従業員のようだ。料金は三十分一万ルピアと破格の安さ。
歌わないでおしゃべりして帰る常連客のイワンさん(四一)は「三人で来れば、一時間歌っても一人七千ルピアほどで屋台のミーアヤムと一緒。三十分四万ルピア以上が相場のファミリーカラオケより断然お得なんだ」と語った。
常連客のチャンドラワティさん(三五)は雑貨屋自営の合間に歌いに来ている。「毎日二、三時間歌っている。三カ月前から始めて、もうやみつきなの。家庭や商売でいろいろと悩みを抱えているからかな。歌うとそれが吹き飛ぶのよ」と笑顔を見せた。