タイルに込める温かみ 夫と工房を切り盛り
「手作りなので、線が微妙にずれたりとか、色合いもそれぞれ違う。表情があって、取り付けた時に『人間的な温かみ』が出るんです」。そう語る小林英恵さんの手には、一枚のセメントタイル。ジャワ人の夫と、ジョクジャカルタ特別州で工房を切り盛りしている。
家具や民芸品などを作る工房が点在する、ジョグジャカルタの郊外の一角。緑豊かな森に囲まれて、ひっそりたたずむジョグロ(古民家)が、小林さんの工房だ。
東京藝術大学で伝統音楽「ガムラン」を学んできた小林さん。1996年、初めて訪れたジョクジャカルタで本場のガムランに触れ、その魅力に一層引き込まれた。「まるで宇宙に投げ出されたような衝撃だった。その時、将来絶対ここに住むぞって思ったんです」。
卒業後、中部ジャワ州ソロのインドネシア国立芸術大学(現・インドネシア芸術大学)に留学。そこで夫と出会い、2009年に結婚。セメントタイルの工房を思いついたのも夫だった。
当時、すでに大量生産ができるセラミックタイルに押され、職人や機材を探すにも一苦労。工房を開いた当初は、ヴィラなどの工事現場へ出来上がったタイルを持ち込んだが、売れない日々が何カ月も続いた。
その後、インターネットで徐々に注文が入るようになり、ようやく道が開けてきた。
「夫は芸術家体質なので、ものを作りたいって言う気持ちはあるけれど、事務関係は全くだめなんですね。だから、私が全部やっています」と小林さんは笑う。しかし、職人とのやりとりなどは、ジャワの文化や仕事感覚を知る夫の存在が大きかった。「夫はとにかく寛容。工房を今日までやってこられたのも夫のおかげです」。
「初めて来た時、こちらではみんな何かに縛られないで、自然に生きてるなって思ったんです。それがジャワに惹かれた理由ですね」。森の木々がざわめくジョクジャカルタの片田舎で、2人は自然体のまま、歳月を重ねていく。