【じゃらんじゃらん特集】朝訪れた夜の帳 日食ハンターはどこへでも 中部カリマンタン州パランカラヤ
3月9日午前6時半、中部カリマンタン州の州都、パランカラヤ中心部にあるラウンドアバウト(環状交差点)の緑地内で、神戸市から来たカメラマン、江原貴志さん(50)は望遠レンズと特殊フィルターを付けたカメラをのぞきながら「終わった。ダメでした」と言って肩を落とした。機材を片付けようとしたそのとき……。
江原さんが据えた三脚は二つ。2台のカメラで皆既日食を撮影する予定だった。上空には厚い雲が広がっていた。6時半には皆既状態になるはずだったが、何も起きなかった。だが、江原さんは重大な勘違いをしていた。パランカラヤ時間はジャカルタより1時間早いと思っていたのだ。
江原さんが片付けようとした時雲の一部が晴れ、欠けた太陽が見えた。「えー? 欠けてるよ、始まったんだ」と声を上げ、レンズを調整し始めた。そう、6時半は欠け始める時間だった。皆既状態になるのは午前7時28分、まだまだこれからだった。
■あれは7年前
もう7年ほど前になる。2009年7月22日朝、江原さんは中国浙江省杭州市銭塘江の河畔にいた。皆既日食の継続時間が6分を超え、今世紀最長の皆既日食を見るためだった。だが、曇り空で皆既となる直前に太陽は雲に完全に覆われ、再び見えたのは皆既が終わった後だった。それでも辺りは闇に包まれ、見ていた人たちは歓声やと怒号にも似た雄叫びを上げ、江原さんも興奮した。ただ、ダイヤモンドリングを見ることができず、それだけが心残りだった。
今回は、小学4年の息子、晨雄さん(10)との二人旅。前日にはパランカラヤ郊外の保護施設で、オランウータンを見てきた。「オランウータンを見ることができたのだから、日食がダメでもがっかりするな」と話していた。
江原さんはなぜ時差を間違えたのだろう。当初は東カリマンタン州のパリクパバンに向かう予定だったが、観測場までフェリーで行く必要があることがわかり、早朝に子連れでは難しいと判断し、宿泊するホテルの目の前で観測できるパランカラヤに変更した。パリクパバンだと1時間の時差があるため、パランカラヤでも同じと思い込んでいたという。
同じ緑地には地元の人たちを中心にざっと千人以上が集まっていた。テレビ局は7局がビデオカメラを並べて中継していた。太陽が欠け始めると、ダヤック人の伝統衣装姿の男女が現れ、踊り始めた。ドラやアンクルンが鳴り響く。屋台がいくつも出て、お祭り騒ぎのようになった。
雲が完全に晴れることはなかった。切れ間からのぞくたび、太陽は小さくなっていった。ダイヤモンドリングが輝き、直後に空が暗転すると、歓声と怒号にも似た雄叫びが各地で上がった。中国の時と同じだった。パランカラヤ大学で学ぶイェシさん(20)、ロナさん(20)、スリさん(20)は3人で肩を組んで暗闇の中で叫んでいた。「すごいすごい」「ワーオって感じ」「最高」――と目を輝かせて話した。
■来年はアメリカで
日食が終わると、江原さんと息子の晨雄さんは地元の人たちから「一緒に写真を撮らせて」となんどもせがまれた。日本から三脚抱えて父子でやってきた二人は興味津々の対象だ。皆既日食のわずか2分半のために日本から来たことに皆驚いていた。
江原さんは来年8月21日夕、米国で観測できる皆既日食の準備を始めている。西海岸から東海岸まで横断する皆既日食となるので、どこで見るかがポイントとなる。「今度こそ完全な黒い太陽を見たい」と言いながら「でも、雨でも感動するから皆既日食はすごい。一生、追い続けるでしょう」と話す。(田嶌徳弘、写真も)