【総選挙ジャカルタ2区密着】候補必死、生き方、考え、訴え
▼日本式どぶ板回り
「父は賠償留学生で慶応大学で経済を学んだ」。中銀広報官を務めたシティ氏の父は、留学先の東京で母と結婚。シティ氏はジャカルタ生まれだが、高校生のときから29年間マレーシアに住む。09年からグリンドラ党のマレーシア支部長を務めている。「弟に相談したらグリンドラがいいという。すぐさまプラボウォ氏の考えに共感した」
さまざまなインフラ計画に携わったシティ氏は、議員候補としてマレーシアの出稼ぎ問題に取り組んでいる。海外出稼ぎ者の主要な行き先には「労働ビザはおろか、パスポートすら持たない違法労働者がいる」。出稼ぎ者が死亡しても身分証明がなく、誰かも分からないまま埋葬したことにも出くわしたそうだ。違法労働者が出産した場合、戸籍の存在しない子どもが生まれる。「国際社会でのインドネシアの地位は低い。これを向上させていきたい」
ジャカルタ2区は中央・南ジャカルタのほか200万票以上の在外投票を含む。この200万票のうち5割以上がマレーシア。ただ海外に散らばった出稼ぎ者・海外在住者は在外投票を知らず棄権者が後を絶たない。「乗用車を3万6千キロ運転し有権者登録をするよう呼び掛けた」
問題は国内。彼女は日本の「どぶ板選挙」を参考にした。22日、南ジャカルタの伝統市場パサール・ポンドックラブ。シティ氏は名刺片手に人々に話し掛けた。オジェック運転手に「グリンドラ党の大統領候補を知っていますか」「プラボウォさんでしょ」。カキリマ(移動式屋台)、菓子売り、商店主らと人を選ばない。「私は出稼ぎ労働者の問題に取り組んでいます」
市場は25年前に建設され、設備の老朽化が進んでいる。周囲の道路は痛み、露天商が密集するため慢性的な渋滞も引き起こしている。市場に入居する宝石商のヘルさん(46)は「建物を改修してほしい」と話した。ただ、どぶ板の途中で「封筒はないの?」という声も。「選挙運動でお金をもらうことが定着している」とシティ氏はため息をつく。どぶ板を一緒に行ったウェニー・サディキン氏(州議会選ジャカルタ7区)も自身が関わった社会活動を説明した。外資系生命保険会社で14年務めた二児の母は「小規模商店主の協同組合を支援したい」。
▼人気生かす芸能人
グルメ旅行のテレビ番組に出演する芸能人候補のボンダン氏は一風変わった作戦。20日の夜、南ジャカルタ・パンリマポリム通りのレストラン「ダプールソロ」で、インドネシア料理の世界的知名度を上げることを目的にした同好会「アク・チンタ・マサカン・インドネシア」の集まりに顔を出した。
テレビ出演、レストラン経営で成功したボンダン氏は、政界進出を決めたのは政府・与党への提言に反応を得られなかったためと説明する。「インドネシア人の食事はご飯の炭水化物に偏っている。タンパク源として魚を考え、漁業活性化を訴えた」。問題は魚が消費地に届くまでに鮮度が落ちることだ。製氷設備を零細漁民に提供する案はプラボウォ氏の賛成を得たそうだ。
ボンダン氏が訴えるのは「おいしくて栄養価の高い料理」。小学生らが学校で食べるおやつの35%が健康的ではなく、インドネシア人の4人に1人は栄養不足で身長が低い。どうするのか。09年制定の健康法の運用を加速させ、食物の多様化により解決したいと言う。食品ビジネスに助言することも多く、セミナーには日本企業担当者も顔を出す。
選対の秘書を務めるプラスティヤムルヤ大経営学部のゲイリーさん(21)。シンガポールの高校に通ううち「インドネシアには変革が必要だと感じた」。選対は5人に絞りコンパクトな選挙運動を心がけている。チームには州議員選候補(ジャカルタ8区)のロビー氏もいる。弁護士出身のロビー氏は「インドネシアの法制を改善し、将来は同じ政党のアホック副知事のように州を代表する立場になりたい」と意気込む。
▼「約束破り」に怒り
中央ジャカルタ・ブンドゥンガンヒリルのグリンドラ党ジャカルタ特別州支部の昼の会議。議員候補が続々と集まる。ムハンマド・タウフィック支部長は2004年、総選挙委員会(KPU)ジャカルタ支部長で総選挙の運営に携わり、08年2月のグリンドラ党結党に参加した。自身の土地建物を支部として提供、特別州支部長を務める。内部での世論調査によれば「北、西ジャカルタがいい。国会4議席、州議会22議席を目標にしている」。
今回の総選挙が初出馬だが、当選確率が高い候補番号1番。州議会議長になるのが目標だ。ジョコウィ―アホック組の出馬に携わったため、ジョコウィの大統領候補宣言には胸につっかえるものがある。「紳士のすることではない。彼はジャカルタで5年間頑張ると約束した。プラボウォ氏と弟のハシム氏が彼をソロから連れてきて、選挙を助けたんだ」
▼苦節25年も笑顔
州議会議員候補のシナガ氏。「私は郡レベルの党員から始めた。神に感謝します。今回はとても状況が良い」。21日、中央ジャカルタ・ジョハルバルの体育館で開かれた中規模集会で、闘争民主党(PDIP)のシナガ氏は喜びを隠せない。オンデル・オンデル(ブタウィ人形)の楽隊が千人を超す群衆を連れてくると、体育館はすぐさま大衆音楽ダンドゥットの熱気に包まれた。
苦節25年のシナガ氏に初めての好機到来。前回の州議会の選挙ではジャカルタ1区候補者番号8番で落選。今回は2番まで上昇した。「中央ジャカルタ支部の会計部長をやったのが評価された」。しかも強い追い風が吹く。「ジョコウィ・エフェック(ジョコウィ効果)」だ。ジョコウィ知事の足下のジャカルタでは「他の候補を思いやる余裕がある」と笑いが止まらない。大学以来の付き合いの右腕がこう語る。「シナガは学費を稼ぐためにベチャを漕いだり、掃除道具売りをしてきた。苦労をしてここまで辿り着いたんだ」
国政で活躍するエリコ副幹事長がシナガ氏を応援に駆け付けた。北スマトラ州メダンの同郷同士。「州議会選はシナガさん、国会議員選は私に投票してくださいね」と声を張り上げる。エリコ氏は各地を飛び回る厳しい日程。この翌日はメガワティ党首のバリ行脚に同行した。「ジャカルタの3区合わせて国会議席(定数21)のうち6〜8議席。州議会(定数94)は38議席。州全体の得票率は34%に達しそうな勢いだ」。前回総選挙では国会議席3議席、州議会12議席、得票率10.7%で民主党の後塵を拝したのとは一変。ただジョコウィ効果は全国に効き目があるわけじゃない。「東部ではゴルカル党が強い。だがジャワ、カリマンタン、バリなどPDIPが強い地域では効果てきめんだ」(吉田拓史、写真も)