国民の審判さあ総選挙
「台風の目」ジョコウィ氏は独立宣言にゆかりのある歴史博物館を訪れ、「建国の父」スカルノ初代大統領の正統な後継者であることを示した。その人気で「民主化のヒロイン」メガワティ旋風で圧勝した1999年の得票率33.74%に迫る展開もあり得る。しかし、現在、当時のスハルト政権崩壊直後のような熱狂はない。与党時代の闘争民主党の腐敗も、1年半のジョコウィ知事の施策も知る有権者がどう決断を下すか。古顔がそろう他党の批判はいかに。新旧勢力が火花を散らす。
■ 闘争民主 牛が大統領宮殿に入るとき
「金曜日(14日)の午後2時45分、闘争民主党(PDIP)のメガワティ党首から大統領候補になるよう命じられた」。16日午後、西ジャカルタ・チュンカレンのチェンドラワシ運動場で、ジョコウィ氏がこう言うと数千人の支持者がどっと湧いた=写真、吉田拓史。10年間野党暮らしを続けた党員たちの耐え忍んだ思いが、現ジャカルタ特別州知事の14日の大統領候補宣言で溢れ出た。約10分の演説の途中、ジョコウィ氏は「(党のマークの)野牛がイスタナ(大統領宮殿)に入るときだ」とこれまでひた隠しにしてきた大統領職への意欲を強く出した。
最初のキャンペーン先はジャカルタ。服装は公務時と同じ白シャツ、黒スラックス、簡素なローファー。大衆音楽ダンドゥットで盛り上がる壇上に座り込み、最前段の若者と握手。主婦のヌルハヤティさん(33)は「初めて政党の集会に参加した。庶民に近いジョコウィ知事を見に来た」。
会場を含む西・北ジャカルタの国会・州議会選の選挙区では、華人候補も出馬する。PDIPには前身のインドネシア民主党時代からキリスト教徒の支持層がある。台湾出身の父と西カリマンタン州出身の母を持つ華人主婦アナさん(26)は、一家そろって支持。「ジョコウィ知事は仕事が早い」とべた褒めだ。
昼食は中央ジャカルタのモスク前のワルテグ(屋台)。質素なガラスケースの中にある料理から、揚げ魚、ゴレンガン、ご飯、ココナツジュースを選び、内外の報道陣に囲まれながら食べた。午前中は独立の歴史に関わる博物館などを訪れた。運動員らは「ジョコウィは誰のもの? みんなのもの!」という応援歌をしきりに歌う。優位だった現職を破り、最初の旋風を起こした2012年のジャカルタ特別州知事選で作られた歌だ。
■ ゴルカル 福祉拡充で疑惑払拭
ゴルカル党はバンテン州セラン市で、支持者集会を開いた。同党大統領候補のバクリー党首は「高校までの学費と医療費を無料にする」と「福祉国家」を目指す党への投票を訴えた=写真、堀之内健史写す。
副大統領候補としてジョコウィ氏とのペアが取りざたされるカラ前副大統領とアクバル最高顧問は出席しなかった。
党が掲げるのは、「福祉国家の実現」と「地方からの開発」。バクリー党首は「全ての人が病院に行く権利がある」と目玉公約として、医療費の無料化を強調した。
経済政策では、スハルト政権の下で農業、工業ともに発展させてきた実績を強調。「雇用を増やし、10〜20年で所得を5倍にする」と述べた。
バンテン州の中でも特にセラン市・県はゴルカル党の支持基盤が強い地域。2009年の総選挙では、全国では第1党になった民主党の2倍近い得票を獲得した。ただバンテン州知事でゴルカル党幹部だったラトゥ・アトゥット・チョシヤ氏が昨年、贈賄容疑で捕まり、一族の同州での「王朝」が明るみになり批判が集まった。
地元オンラインメディア記者のリスキー・イラワンさん(24)は「市民は汚職にまみれたアトゥット一族には嫌気が差している」と話す。一方で「カネ」があるゴルカル党はまだ支持がある。この日も参加者は1人5万ルピアの「日当」を受け取ったという。「総選挙はやはりゴルカル有利。ただ大統領選はジョコウィ人気とゴルカル党の『カネ』との戦い。どうなるか予想できない」
競技場で開かれた集会には、チレゴンからも数百人の支持者が駆けつけ、党カラーの黄色一色に染まった。炎天下でバクリー支持を叫ぶ参加者の健康を気遣い、消防車が放水で「消火」する場面もあった。
■ 民主 国家の利益優先を強調
現国会第1党、民主党の初日屋外キャンペーンは中部ジャワ州マグラン県ムンキッド市のクジョン広場で始まった。ユドヨノ大統領(同党党首)はリアウ州での煙霧災害対策の陣頭指揮のため参加を見合わせたが、アニ大統領夫人が代わりに登壇。「国難」に立ち向かう夫の姿を紹介することで、党の政権担当能力をアピールした=写真、アンタラ通信。
次男で国会議員再選を狙うエディ・バスコロ党幹事長(通称イバス)を伴って登壇したアニ氏は、リアウ州にいるユドヨノ氏が「大統領として災害対策を優先させなければならない」などと語りかける5分足らずのビデオメッセージを映し出し、夫の活躍を印象付けた。
アニ夫人は放映後のスピーチで「大統領は個人や特定の集団の利益よりも、国家の利益を最優先している」と強調。この日の昼食後、ユドヨノ氏から電話があり、「(日照りが煙害悪化の原因になっていた)リアウ州プカンバルで雨が降った」との知らせを受けたことを紹介すると、支持者ら約3千人が集まった会場からはひときわ大きな拍手が上がった。
集会に参加したシャリフ・ハサン党首代行(協同組合中小企業相)はユドヨノ政権の2期10年の成果を紹介した。国民起業融資(KUR)制度をはじめとする中小零細企業向けの融資制度の拡充などを通じ、国民生活を向上させてきたと訴えた。
党内の大統領候補を絞り込む予備選「コンフェンシ」に参加しているダフラン国営企業相やユドヨノ氏義弟のエディ・プラモノ元陸軍参謀長らも応援に駆けつけた。
ダフラン氏は「災害対策を優先するのは当然だ。選挙運動への影響はない」と話した。
■ グリンドラ 低所得者前に「汚職撲滅を」
「人をだまし、汚職に手を染めた者が国家をうろついている。そのような候補者を選ぶべきではない」。中部ジャワ州スラゲンで党集会を開いたグリンドラ党のプラボウォ最高顧問は力強く、汚職撲滅を呼び掛けた。党のマークがついた帽子にサファリシャツのいでたちで現れたプラボウォ氏は、高級官僚からベチャ(三輪人力車)引きまで、全ての国民に選挙権があることを周知し、選挙の平等性も訴えた。
会場には支持者数千人が集まり、弟で実業家のハシム・ジョヨハディクスモ氏や人気ダンドゥット歌手のジュリア・ペレスさんが応援に駆けつけた。
グリンドラ党は農村への所得再分配と国是「パンチャシラ」(国家五原則)教育強化をうたい、「国民変革の6行動計画」を政策指針とする。都市よりも地方を重視する政策のため、最初の演説地として、中部ジャワ州スラゲンを選んだ=写真㊧、アンタラ通信。キャンペーン最終日の来月6日まで、20台の車両に15人の医者を乗せ、薬や医療器具も積んでジャワ島を南北に走らせ選挙活動を展開する。雨期による洪水の被災者を支援し、低所得者支援の政策を強く打ち出している。
一時は優柔不断なユドヨノ大統領と対称的に、強い指導者像を見せるプラボウォ氏とグリンドラ党に人気が集まったが、ジョコウィ氏が現れてからは人気が低迷。08年に結成されたグリンドラ党の国会の議席率は4.64%と、単独での大統領候補擁立の条件20%には遠く、選挙活動でどこまで党の人気を高められるかにかかっている。