【9.30事件特集】 歴史教科書、虐殺記述せず スハルト時代から踏襲
インドネシアの歴史教科書は、9・30事件は国家を脅かした最も重大な事件の一つとして大きく取り上げている。事件の責任はPKIにあるとしたスハルト政権の見解を踏襲し、PKI系将校によるクーデター未遂の経緯は詳述しているが、事件後に国軍が指揮し、全国各地で吹き荒れたPKI粛清の嵐には言及していない。虐殺の事実を認めない史観が受け継がれ、スカルノ氏からスハルト氏へと権限移譲に至る一連の事件の全体像を示すには限界もある。
現行の教育課程(カリキュラム)では、9・30事件を中学3年の社会科(IPS)で初めて教える。公立校は教育文化省の教育課程・書籍局出版の教科書の使用が義務付けられる一方、私立校では教科書の選択が各校に委ねられる。カリキュラムの基本的内容に沿い、政府出版の教科書と大きく異なることのない民間出版社の教科書を併用する公立・私立校も多い。
大手民間出版社エルランガとユディスティラの中学用教科書では、いずれも事件の記述に5〜6ページを割く。襲撃された陸軍将校らの顔写真と名前や、唯一生き残ったナスティオン将軍の娘イルマちゃん(当時5歳)が流れ弾に当たり死亡したことなどを載せ、国軍の鎮圧行動を詳細に記述する。
65〜66年の2年間で、スマトラ島、ジャワ島、バリ島を中心に全国各地で約50万〜200万人に上る市民がPKI支持者とみなされ、虐殺されたとされるが、「PKIに厳重処罰を下そうとしない容共路線のスカルノ氏の対応に不満を募らせた市民が自発的に行動を起こし、暴力に発展した(ユディスティラ版)」など婉曲(えんきょく)的な表現にとどまり、犠牲者数や国軍の関与については触れていない。あくまで国民が不満を募らせ、国軍が応じた結果であることを強調している。
高校の教科書では両社とも10ページ以上にわたる。ジャカルタと同様にPKIが武装蜂起した中部ジャワ州4都市とジョクジャカルタの計5都市で、国軍が実施した掃討作戦の作戦・司令官名、9・30事件の起きた背景の諸説などを挙げる。しかしPKIに対する市民の不満に国軍が応えたとする論調は中学用教科書と共通する。
PKI粛清への言及も限定的だ。PKI非合法化に続く、PKI支持者とされた閣僚15人や党員数百人の逮捕。「クーデターの首謀者がPKIとの疑いが強まるにつれて市民は憤り、同党の事務所や党員の住居を破壊・放火した(エルランガ版)」などの記述はあるが、虐殺についての記述はない。
教育文化省職員と外部専門家で構成する教育課程作成委員会のハミッド・ハサン委員長は「共産党が9・30事件を引き起こしたと特別国民協議会(MPRS)が66年に結論を出して以来、カリキュラムごとに指導方法は多少異なるが、その見解を受け継いできたことに変わりはない」と指摘した。(宮平麻里子)
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