戦時中の女性作家を再評価 「林芙美子」合同セミナー UI日本地域研究科 日大芸術学部研究者

 インドネシア大(UI)大学院日本地域研究科(KWJ)と日大芸術学部文芸学科の研究者は三日、太平洋戦争前から戦後にかけて活躍し、戦時中にインドネシア各地を巡回した小説家の林芙美子に関する合同セミナーを開催した。当時の人気作家の再評価の動きをインドネシアに伝えるとともに、両国の新世代の研究者が新しい視点から林の魅力を再発見しようと、活発な議論が行われた。(上松亮介、写真も)

 合同セミナーには、UIの和子ブディマン講師をはじめ、教員や学生、卒業生など約三十人が参加。八月からインドネシア各地で調査を行ってきた日芸の山下聖美准教授、修士課程の藤野智士氏、UIで林を研究しているフィトリアナ・プスピタ・デウィ氏が研究内容を発表した。
 藤野氏は「放浪記はなぜベストセラーになったのか」と題する研究を発表。人気の背景として、土佐日記や伊勢物語から始まり、現在、世界で日本語ブログが約三七%を占めることを挙げ、日本の庶民文化である日記が根付いていることを指摘。また放浪記全体を詩のように読むことができることや、感情を内側に向けない開放的な表現であることを紹介。放浪記で東京、尾道、北九州、鹿児島など多くの名地が登場し、庶民にとってガイドマップ的な役割を果たしたと説明した。
 バブル崩壊以後、経済不振に陥り、さらに東日本大震災が発生した現在の日本の状況を、第一次世界大戦後の世界恐慌、十万人が亡くなった関東大震災があった放浪記の時代と重ね合わせ、「暗い時代でも底抜けに明るかった林から、われわれも今こそ学ぶべきことがあるのではないか」と話した。
 フィトリアナ氏は「林芙美子の『浮雲』における太平洋戦争に対する女性の態度」とのテーマを挙げた。浮雲の主人公が一億玉砕の精神に反対し、仏領インドシナ(ベトナム)に流れてきたというキャラクター設定が、放浪記における貧乏で職業を転々としながら引越しを続けた林を表現していると指摘。
 「そこには自分なりの生き方を探す当時の女性が象徴されている」とし、社会階層を問わず、どのような場合でも自分がどのように生きるかと考えるフェミニズム運動が芽生えていたのではないかと分析した。

■調査で「温かい経験」
 山下氏は、林が日本軍宣伝班としてインドネシア各地を巡回した際の足跡をたどろうと、八月以降、約二カ月かけて行った調査結果を報告。従軍作家として軍当局の厳しい監視下に置かれながらも、各地のインドネシア人と交流した記録を掘り起こす試みで、林が当時、インドネシア国内で撮影した写真や残したメモを手掛かりに各地を回った。
 林が滞在した東ジャワ州モジョクルトのトラワス村では、宿泊した村長宅の跡地を突き止め、林が講演した南スマトラ州パレンバンの日本語学校「瑞穂学園」の跡地とみられる場所を確認するなどしたが、当時を直接知る関係者を探し出す作業は難航した。
 しかし、南カリマンタン州バンジャルマシン、パレンバンなどでは、地元紙が戦時中の日本の作家の足跡をたどる山下氏の調査について連載を組むなど、大々的に報道。町の歴史家らの協力も得て、現在七十│八十歳を超える地元の人々の証言を収集することに成功した。
 山下氏は「誰も知り合いがいない状態で各地を回ったが、人から人へと、どんどん紹介してくれ、温かい経験ができた。時代は違うが、林芙美子もインドネシア人のおおらかさと温かさに感動して四カ月も滞在したのではないか」と言葉を結んだ。
 調査は、今年の林芙美子没後六十周年や日大芸術学部創設九十周年の記念事業として実施。庶民の目線から、庶民の生き様を分かりやすい言葉でつづった作家を再評価する。今後、林研究のさらなる発展のため、未発表の作品などを網羅した全集制作を目指す。

■「あるがままの日本」
 セミナーは、山下氏と各地を回った通訳のリンダ・クルニアワン氏が、親友でUI日本地域研究科のスシ・オン事務局長に山下氏を紹介して実現。山下氏は、インドネシアで林を研究している大学院生がいることを知って驚いたという。
 スシ氏は、日本を研究するインドネシア人学生の多くが日本の女性に対し、戦前、戦中は男尊女卑などの言葉があるように権利が低く虐げられていたというイメージだけを持っていると指摘。「しかし、すべての女性がそうだったとは言えない。一庶民の女性として生きた林を研究することは、日本をあるがままに学ぶ一助になるのではないか」と話した。

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