負債の担ぎ手

 インドネシア政府に対する債権者、つまり国債の保有者の構成は、この数年の間に大きく移り変わってきている。ちょうど先月、インドネシア中銀による国債保有比率が全体の23%と過去最高を記録、カテゴリー別でも国内銀行セクターによる保有比率を抜いてトップとなった。中銀による保有比率は2020年の初めには5%未満だったことを考えると、その急速な伸びが際立つ(また、この間に国債発行額全体も約2倍に増加している)。この一方で保有比率を落としたのは外国人投資家で、同じ期間に約40%から15%弱に下落した。
 このような変化が起こったのは、コロナ禍での危機対応や景気刺激のための財政出動で政府が国債発行を増加させる中、中銀が国債のメーンの引き受け手としての役割を担ったことが大きい。ただコロナ後に財政運営が平時対応に戻ってからも、中銀の保有額は増加を続ける。外国人投資家の資金が高金利のドルに吸い上げられる中で、為替介入や資金市場での操作といったかたちを通じて中銀が国債を買い支えてきたからだ(一部、中銀が保有する国債を裏付けとして債券を発行し、これを外国人投資家に買ってもらおうとする動きはあるが、まだ残高ベースでは低水準にとどまっている)。
 政府の借金である国債を、通貨発行を担う中央銀行がここまで大規模に保有してしまってよいものかという疑問もあるだろうが、世界的に見るとこの現象は決して特別なものではなくなってきている。日本はその最たる例で、日銀が金融緩和策を続ける中で国債保有比率は5割を超えている。インドネシアの政府・当局関係者の間でも、中銀の保有拡大のおかげで、逃げ足の速い外国投資家への依存度が下がっている現状をむしろポジティブに捉える人が少なからずいるのも事実だ。
 近年注目を集めているマクロ経済理論の一つ、現代貨幣理論(MMT)も、基本的には、自国通貨建の国債発行は自国内で消化されてインフレを抑制できている限りにおいては、国が財政赤字で破綻することにはならないという考え方をサポートしている。ただ一方で、過去には南米やアフリカの国々で、政府が通貨発行による財政赤字ファイナンスを拡大したことでハイパーインフレに陥ったケースは少なくない。その意味で国債の中銀保有は無尽蔵に拡大できるわけではないと理解すべきだ。
 インドネシアの政府債務は全体の7割以上がルピア建。残高規模も足下の国内総生産(GDP)比で39%と、6割を超えるタイやマレーシア、8割以上のインドなどと比べても低水準に抑制されていて、その観点での健全性は維持されていると言える。ただ今後、国が積極財政を加速させていくことになると、国債発行残高も急速に伸びていくというシナリオが現実味を帯びてくる。
 国でも企業でも、負債の担ぎ手は長期的に安定して担ぎ続けてくれる方がよい。そして、それぞれの担ぎ手のリスクアペタイトや投資余力はその時々で変化していくことを考えると、担ぎ手の多様化は安定的な資金調達において重要な要素となる。その意味では圧倒的に規模で勝る外国人投資家の、負債の担ぎ手としての存在を無視することはできない。今後の財政運営の柔軟性を考える上で、国債投資家層の多様化は重要な要素になってくるのではないかと考えている。(三菱UFJ銀行ジャカルタ支店長 中島和重)

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