超長期金利の上昇
金融マーケットは、株価であれ為替や金利であれ日々変動を繰り返すもので、その一つ一つの動きに常に意味を見出そうとするのは、必ずしも適切とは言えないだろう。短期的な相場変動に一喜一憂すべきでないというのも、経験則から語られてきたことだ。とはいえ、時としてマーケットの値動きが、世の中で起ころうとしている大きな変化を先取りし、シグナルとして機能することがある。問題は、日々の値動きのうち、どれがそういった先行的なシグナルなのかが、事後的にしか判別できない点にある。
この2〜3カ月、世界の主要国の超長期金利の上昇が顕著になってきた。超長期金利とは、通常の長期金利(一般的に10年を指すことが多い)を超える30年や40年といった期間の金利のことだ。基本的には各国の国債の該当期間の利回りがその金利の指標となる。
先月に入って米国の30年債の利回りが5・15%と約20年振りの高水準をつけた。期間10年の金利水準も上がっているが、超長期ゾーンの上昇幅はより際立っている。欧州でも英国とドイツを中心に超長期債の利回り上昇が目立つ。日本国債については、長らく続いた低金利状態からの脱却が進んでいるので、もともと利回り上昇基調にあったが、それでも4月以降は超長期ゾーンの利回りが中長期ゾーンを大きく上回るペースで上昇している。
これらの動きを説明するのは、大方の見方では、各国の財政状況の悪化懸念の高まりだ。確かに足下では、米国ではトランプ政権下で政府債務上限の引き上げを含む大型減税法案が審議中だし、欧州では米国によるNATOへの資金支援の低下が更なる財政圧迫を招くとの懸念が高まっている。日本でも来月の参院選を前に消費税の一時的な引き下げをめぐる議論がくすぶる。
ただこれらの個別の動きは、必ずしも超長期で起こるというよりも、もっと手前のタイミングで影響を及ぼす事象であるとも言えそうだ。足下で起こっている超長期の金利上昇は、より長いスパンに渡って起こり得る構造的変化を反映しているかもしれない。
仮にそうだとすると、それは世界的な地政学リスクの高まりが影響しているのではないかとも考えられる。米中関係の緊張の深まりに象徴される分断の進行、各地で続く戦争や紛争は、世界経済の成長を鈍化させ(これにより税収の伸びも抑えられる)、各国の国防費の増大を促し、さらには自国優先のポピュリズム政治の台頭を招く。これらはいずれも、各国の財政悪化を長期的に促す要因だ。
超長期金利の取引主体は主に機関投資家であり、その変動が即座に実体経済に影響を及ぼすわけではない。しかし、今の動きは、世界が不可逆的に「新常態」へと移行しつつあることを示すシグナルなのかもしれない。一方で、金融マーケットの動きは、政府の財政運営に対する規律形成に作用することもある。金利の大幅な上昇は、過度な財政支出への強力な警告となり得る。2022年の英国では、トラス政権が大型減税を発表した直後、長期国債の利回りが急騰し、政権が短命に終わった例がある。
ただし、地政学や安全保障に関わる事象は、時に財政的な選択の余地を奪うこともある。そうした中で、超長期金利の動向が何を示しているのか、引き続き注視する必要があるだろう。 (三菱UFJ銀行ジャカルタ支店長 中島和重)