格調高い芸術の世界 チャメラ6ギャラリー 詩人・トゥティ・ヘラティ邸宅
オランダ統治時代から続く由緒ある高級住宅街の代表、中央ジャカルタ・メンテン地区。国の発展と共に首都ジャカルタでは新興住宅地が東西南北に広がり、見上げるような高層マンションや海の上に浮かぶ集合住宅などが目を見張る速さでこの街の景色を変化させています。そんな中においてもメンテン地区には現在も各国大使館や文化人、著名人、政治家、経済界の大御所などの邸宅が優雅にどっしりと構え、激動の時代を生き抜いてきた国や一族の歴史と風格を物語っています。今回のおすすめ観光情報は中央ジャカルタ・メンテン地区のトゥティ・ヘラティ・ミュージアムを紹介します。
インドネシアの詩人であり哲学者でもあるトゥティ・ヘラティ、1933年バンドン生まれ。現代インドネシアを代表する詩人の中で唯一の女性として選出され、フェミニスト活動の先駆者のひとりとしても知られています。このミュージアムはトゥティ・ヘラティが69年から居住し、2021年に87年間の生涯を終えるまで暮らした邸宅兼仕事場でした。
医学、哲学、美術史、心理学などを学び、教壇に立ち、芸術にも強い思いがあったトゥティ・ヘラティ。このミュージアムはそんな彼女が絵画や彫刻など300点以上のコレクションの貯蔵と展示はもとより文化活動や社交の場としての役割も備えたギャラリーとして、チャメラ6ギャラリー&ミュージアムという名で1993年に開館したのが始まりなのだそうです。その後、トゥティ・ヘラティの名を残し、正式名称はチャメラ6ギャラリー~トゥティ・ヘラティ・ミュージアムとなっています。
受付を抜けると1階が無料のギャラリー、2階が有料のミュージアムです。2階への階段、最初の数歩で圧倒されたのはその建築の美しさ。座談会や演奏会が開催されるというホールになっていて、ヨーロッパの教会を彷彿とさせるような高い天井と梁に目が釘付けです。
80年以上前に建てられたという豪邸の各所に残るステンドグラス、扉の彫刻、調度品、生活用品。このミュージアムには巨匠たちの作品とともに建物内部の隅々にまで格調高い芸術の世界が満たされているようです。トゥティ・ヘラティが好んでいたという画家サリムのコレクションルームは、パリで絵画を学んだ彼の作風であるキュビズムの作品で埋め尽くされています。近くに寄って細部を確認したり遠くから薄目で見たり、頷いたり首を振ったり、本物の絵画だからこそ思いのままにいつまでも鑑賞してしまいます。
白いグランドピアノとシャンデリアがあるのは女流作家の部屋。優しい色調の水彩画などが展示されていてエレガントな雰囲気です。寝室やバスルームなどのプライベートエリアも解放展示されていて非常にオープン。
また、館内にいくつもある本棚や書斎、図書室に収められている蔵書も閲覧可能になっています。各種専門書に画集、トゥティ・ヘラティ自身の詩集も読むことができ、思わず手に取って椅子に座り込んで見入っているとふとしたことに気が付きました。中央ジャカルタのそのまた真ん中、ジャカルタのど真ん中なのに物音ひとつしない静寂。こんなことがあっていいの? 古い建物、アート、たくさんの本、贅沢な調度品に囲まれた心を溶かす静かな時間。故人が愛したものが少しだけわかるような気がしました。
歴史ある高級住宅地メンテンも少しずつオランダ時代の古い建物が取り壊されています。誰かが守らなければいつか無くなってしまう貴重な遺産。インドネシアの文化、歴史、芸術好きの皆さまはもちろん、インドネシアにご縁のある皆さまはぜひ訪れてみてはいかがでしょうか。(水柿その子 写真も)
◇本稿への問い合わせは(メール sonokomizugaki@gmail.com)まで。