ソーシャルコマース

 インドネシア貿易省は先月下旬、ソーシャルメディア上での電子商取引(Eコマース)を提供する通称ソーシャルコマースに対する規制強化を発表した。国内中小事業者の保護が目的で、基本的にはソーシャルメディア部分からEコマース機能を分離することが求められる。TikTokなど中国系の動画投稿サイトを中心に、最近東南アジアで急速に広がってきていたソーシャルコマースだが、最大市場のインドネシアで規制の壁に直面するかたちとなる。
 従来型のアプローチ、つまりソーシャルメディアのサイトからそれぞれのブランドや商品のEコマースサイトにリンクでつながるやり方でも、ユーザーを購買に誘導することは可能だが、やはりソーシャルメディア上でショッピングが完了するソーシャルコマースのアプローチは、スムーズさがかなり勝る。こうしたスムーズさの追求は「フリクションレス」などと呼ばれていて、個人向けネットビジネスの多くがこのフリクションレスを追求する競争を繰り広げてきた。いいねと思ってから欲しいものが手元に届くまでの導線こそがビジネスを作り出すカギ、とでも言うべきだろうか。
 ソーシャルコマースの拡がりは最近のテック企業を取り巻く環境にも後押しされていると考えられる。金利高などによる資金調達環境の悪化や、景気悪化による広告収入の低迷により、多くのソーシャルメディアが「新規ユーザー獲得」から「ユーザー当たり収入(ARPU)の最大化」に焦点を移してきており、その中で広告収入に頼ったモデルから実際のコマースに結びつけるモデルへのシフトも進んできた。
 面白いのはこれらのトレンドの先端的な動きが中国のテック企業から出てきていることだ。中国では以前より大手テック企業グループがSNSとEコマースの両方を同じグループ内で抱えて双方間にユーザーを誘導することを活発化させており、ソーシャルコマースの隆盛もこの流れの中にある。圧倒的な市場の大きさ(インターネットユーザー数は米国の3倍、インドネシアの4倍強)と市場占有率の高さ(BATと呼ばれるトップ3企業でEコマース市場シェア80%以上)により、投資力や新サービスの探索で米テック大手を凌ぐ面も出てきている。比較的緩い消費者保護規制もこの動きを推し進めていると言えるかもしれない。
 もう一つ、テクノロジーの発展段階の違いもこの動きの背景にあると考えられる。欧米日の先進国はスマートフォンが出てくる前にEコマースに慣れ親しんだところがあるが、後発の中国や東南アジア諸国はこの2つの浸透がセットで進展した。結果、スマホによるEコマースの比率が極めて高くなっている(中国は米国の2倍強、インドネシアもかなり中国に近い水準と考えられる)。スマホの利用時間が長くなる中、これは新しいアプローチを生み出しやすい素地と言えよう。
 先のフリクションレスは顧客への訴求力を高める一要素と位置付けられるが、他にも顧客体験を向上する手段はたくさんあるはずだ。新しいサービスの出現は、消費者保護や既存事業主への影響など負の側面がハイライトされることも多いが、それ自体がビジネスの付加価値について改めて考えるきっかけになり得る。規制強化によってそういった部分が停滞しないことを望みたい。(三菱UFJ銀行ジャカルタ支店長 中島和重)

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