新しい中銀債
先月21日、インドネシア国会で2024年度の国家予算が可決された。歳入・歳出とも前年度比で約6%ずつの増加だが、財政赤字は対国内総生産(GDP)比で2・29%と前年度比で0・55ポイントの減少。相対的にはやや抑制的な予算といえよう。
これに加えて財務省からは向こう1〜2年間の国債発行額を抑制するとのアナウンスがあった。高金利が続く中で、借金よりも税収に頼った歳入増を目指す趣旨だ。インドネシアの直近の政府債務残高はGDP比で38%程度と、過度に心配されるほどの水準にはないが(財務省は60%以下であれば安全な水準との認識を示す)、コロナ対策で引き上がった債務水準をある程度戻そうとしていることもうかがえる。
面白いのは、これらの発表があったのと時を同じくして、中央銀行がSRBIと呼ばれる新たな短期ルピア建債券を発行し始めたことだ。これはつまり政府が国債発行を減らす代わりに、中銀が債券を発行するという図式となる。コロナ期には中銀が政府発行の国債を大量に購入することで財源確保をサポートしたが、中銀はこの国債をまだ保有していて、それを原資産とする形でこのSRBIを発行するようだ。
この新しい中銀債、意図としては、国債の新規発行が減るなかでも投資家に(実質的には国債と同じリスクの)投資機会を提供し続けること、そうすることでルピア金利市場の流動性や価格形成力を高めるといったところにある。ルピアの金利市場はまだ流動性が高いとは言えず、簡単に言えば「政府が借金を抑制することで市場の育成が妨げられないようにする」のが目的、というように理解されよう。
日本でも1980年代に同じような議論があった。金融自由化を進める中で「2つのコクサイ化」、つまり経済・金融の国際化と、国債流通量の拡大による市場の育成(国債化)が必要であるとされ、後者は実際に国債の大量増発につながっていった。これにより円の金利市場は圧倒的に流動性を高め、投資家層の拡大にもつながった。現在、円が国際的にも主要通貨としての信任を得ているのも、このコクサイ(国債)化の取り組みが果たした役割が大きいと言えよう。
今回の件でやや気になるのは、SRBIがやや高めの金利設定をすることで投資家の購入を促進しようとしていることだ(実際、中銀からは明確にこの高めの金利設定についてのメッセージが出ている)。新しい種類の債券であるが故に二の足を踏む投資家もいるかもしれないので、このアプローチ自体は分からなくはない。またここ数週間でジリジリと進むルピア安対策としても、外国人投資家にこの債券を買ってもらうことでルピア買いを促進したいとの思惑もうかがえる。
ただ、これが過ぎると市場の育成という本来の目的からは逸脱してしまうリスクもあろう。基本的には国債とほぼ同じリスク・プロファイルの投資対象に、国債とは異なる値付けがされるとなれば、アービトラージ(裁定取引)の余地を産み出すこともあるかもしれないし、そもそも市場としての価格形成力も育っていかないかもしれない。一石二鳥を狙って本来の目的を見失うのは避けたいところだ。この新しい中銀債がインドネシアの金融市場の発展を牽引していくことを願いたい。(三菱UFJ銀行ジャカルタ支店長 中島和重)