金融リテラシー
職場での雑談は時に大事な気づきにつながることがある。先日、同僚と雑談していたら、長年使っているドライバーがオンラインのローンで高金利を課されて返済が難しくなり、自分が肩代わりして返済したとの話を聞いた。彼女自身、長年銀行員として働いてきたのに、身内のような存在のドライバーの借金に気づけず、しかも肩代わりなんて、と悔しそうに話していた。かつては、お金を借りたい時には雇い主に相談するのが普通であったのに、今は携帯にいろんな業者のセールスメッセージがどんどん送られてくるので、誰にも相談せずに簡単に借りられてしまう。もちろん金利は法外に高い。
別の同僚からは、自分の知り合いのお手伝いさんがオンラインの高利回り投資に手を出し、最初はうまくいっていたので投資額を増やした途端に連絡がつかなくなりほぼ全財産を失ったとの話も出た。オンライン詐欺の中でもこの手の投資詐欺は、被害件数でローン被害に次ぐ多さとのことだ。
スマートフォンの浸透度(人口に対するユーザー数)については、複数の調査機関からややバラツキのある数値が出されているが、ある調査によると、インドネシアの浸透度は一昨年時点で7割近くまで達している。インド(5割弱)、メキシコ(6割強)など他の新興国と比べても高水準だ。中国はほぼ同じ水準だが、インドネシアは15歳未満の人口比率が中国よりもかなり高いので、実質的な浸透度は中国より高いと考えられる。
フィナンシャル・インクルージョン(金融包摂、金融サービスにアクセスできる層)も年々順調に伸びてきている。インドネシア金融庁の調査では、2022年で金融商品・サービスを利用している人の割合は85%となった。この調査、同じ基準で3年毎に行われているが、16年は68%、19年76%であったので急速な進展が見てとれる。別の調査では、人口の約半分が銀行口座を有さない層(Unbanked)とも言われているので、銀行セクターを介さない金融サービスを利用している人の割合もかなり多いと言える。
一方、フィナンシャル・リテラシー(金融リテラシー、金融商品・サービスについて十分な知識を有しているかどうか)の比率は、同じく金融庁の22年の調査では50%となった。こちらも16年30%、19年38%と急速に改善してきているが、インクルージョンの比率と単純比較すると、概ね人口の3〜4割程度が金融サービスにアクセスしているものの十分な金融リテラシーを持てていない、ということになるだろう。
インクルージョンにリテラシーが追いついていない今の状況には政府も強い問題意識を持っているようだ。金融庁は金融リテラシー向上の五カ年計画を策定しているが、年齢・職業・地域・性別などの属性分析や他国のケースなどを踏まえて金融教育のロードマップを示していて、なかなか読み応えのある内容だ。
先の職場での雑談では、職場のCSR活動に自分たちで考えた金融リテラシーの向上の取り組みをもっと取り込めないかとの意見も出た。こういう前向きな意見には勇気付けられる。究極的には金融リテラシーが、家族や学校・職場での身近な人たちとのコミュニケーションで出来上がっていく社会常識に組み込まれていくことが理想であろう。そのためには草の根レベルの取り組みが欠かせないと思う。(三菱UFJ銀行ジャカルタ支店長 中島和重)