債務上限問題

 米国の債務上限問題にようやく決着の目処が立った。一時は、世界で最も安全な金融資産と言われる米国債がデフォルト(債務不履行)する可能性も取り沙汰されたが、債務上限の効力を一時的に停止する法案が下院・上院を通過、本稿が出る頃には大統領の署名も完了しているはずだ。
 このニュース、市場関係者や特に興味のある人以外は、正直、なんでこんなドタバタ劇が起こっているのかピンとこない方も多かったのではないだろうか。しかもこの債務上限問題、今回のような米議会によるチキンレース的な土壇場の攻防に市場がヤキモキするという展開は、過去に何度も繰り返されてきた。基本的な構図は、債務上限の規定を盾に財政支出内容の見直し圧力をかける、いやそれには応じられないと突き返す、というやりとりが、デフォルトが起こる寸前まで続くというものだ。
 ある国の国家財政を運営する上で、政府債務に上限を設定するのは財政規律を守る上で自然なことだと理解されよう。ただ、債務額に実額での上限を設定しているのは米国以外だとデンマークぐらいで、それ以外の国は国内総生産(GDP)対比のパーセンテージで、しかも実際の債務残高よりもはるかに高い水準で上限を設定しているケースが大半だ。ソフトリミット的に上限の目処値を規定しているだけという国も少なくない。ちなみにGDP比でもっとも高い(しかも圧倒的に)政府債務額を抱える国は日本(今年4月時点で258%)だが、債務上限の設定はない。
 米国の債務上限は、歴史的にはもともと個別の財政支出に紐つくかたちで国債発行していたものを、1910年代に主に第一次大戦の戦費調達を機動的に行うために総枠方式に切り替えたのが最初だ。実際の債務残高比でもギリギリの水準で設定されていて、それ自体は財政規律を守るという観点ではガバナンスが機能しているということかもしれないが、政治的かけ引きも含め今回のような土壇場の攻防を招きやすくなる。
 インドネシアも実質的には政府債務の上限を設定している国の一つだ。他の多くの国と同様GDP比率方式で、GDPの60%以下が安全な債務水準とされるが、足下の債務残高は40%弱なので今は十分に余裕がある。通貨危機を経た後の2000年代初頭はこの比率が70%を超えていたので、この20数年間で目覚ましく改善したことになる。債務上限以外にも財政赤字をGDPの3%以下に抑える規定があり、これも昨年以降、同比率以下に抑えられているので、財政は比較的健全に保たれていると言えよう。
 インドネシアのような国にとってもう一つ大事な指標は、政府債務がどの程度対外借入に依存しているかだ(一般的に国内投資家の自国通貨建てでのファイナンスで賄えている比率が高ければ債務の安定性が高いと言える)。インドネシアの政府債務の対外借入比率は19年には6割程度あったものが、コロナ禍の経済減速や米金利上昇などから一気に4割弱まで低下した。足下では国債にも外国人投資家の資金が戻ってきているが、歴史的に見れば相対的に低い水準にある。
 このような状況に対しては政府当事者や金融関係者の間でも様々な見方があるようだ。つまり、今の状況は財政の健全性の観点では望ましいが、一方で成長のアクセルを踏むという観点ではどうか、といったような軸での見方の違いだ。今年から来年にかけてマクロ環境のポジティブ・シナリオ(金利水準が落ち着く、インフレも抑制される、経済成長も安定的)が実現していったとすると、来年誕生する新政権がどのような財政運営を行なっていくかは要注目なのではと思っている。(三菱UFJ銀行ジャカルタ支店長 中島和重)

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