インフレ対応の成否
昨年後半から始まったインフレ懸念だが、先進国間では長らく低インフレ時代が続いただけに、最初は半信半疑の部分があった。ただ、度重なるサプライチェーンの混乱による供給不足に加え、足元のウクライナ情勢を受けたエネルギーや小麦価格の上昇もあり、もはや誰もが認める一番の課題になった。当然、各国政府や中銀も、喫緊の課題としてインフレ対策を進めているが、どの対応が有効かは副作用に留意する必要があり、なかなか難しい。今回は、各国のインフレ対応を概観したい。
米国は、緩んだ金融を締める対応をピッチをあげて進める方針である。先週は3年ぶりに0・25%の金利引き下げを実施した。足元のマーケットでは、今年7回のFOMC(連邦公開市場委員会)すべてで利上げの実施が見込まれている。コロナ対応で街中に溢れている資金流動性を引き締め、金利を上げてローンを借りにくくして消費や投資をスローダウンさせ、インフレ(物価上昇)を落ちつかせる、という流れになる。英国、欧州連合(EU)などもこの流れに乗っていくと思う。
中国は、やや毛色が異なる。政策金利は上げずに一定で、むしろ短期金利は2021年後半に少し下がった。一方、為替をみると、人民元がコロナ初期の20年4月以降は対ドルで上昇を続けており、約4年ぶりの高水準に達している。こうした中でも、今月に開催された全国人民代表大会(全人代=国会に相当)では、人民元相場について「合理的で均衡のとれた水準で基本的な安定を維持」という従来と変わらない方針が示された。これは、市場では「人民元高の容認」と受け止められている。インフレ対応の一つとしては、自国の通貨高も対策となる。資源・食糧品価格が高騰する中で、強い自国通貨により輸入物価を抑え、ひいては国内の物価上昇を抑制する流れになる。
インドネシアの場合は、より直接的な対応だ。政府が石炭の一時禁輸に踏み切ったことは以前触れた。さらに、今月9日、価格が高騰しているパーム油の輸出規制の強化が発表された。状況が正常化するまで、企業に輸出予定量の30%(従前は20%)を国内販売に回すよう義務付けた。ただ、17日には同義務を撤廃し、代わって輸出税の上限を引き上げ、今後のパーム油価格の上昇に合わせて段階的に税額を引き上げるという、フレキシブルな対応に変更した。これは、価格上昇時における国内販売の相対的なインセンティブを高め、供給量を自国内で優先的に確保し、国内インフレを抑える対応である。
このように、国の特性によってインフレ対策もまちまちだが、いずれも副作用が悩ましい。米国の利上げは、当然、消費減退などの景気悪化と背中合わせになる。中国の人民元高は、輸出競争力を落とすことになり、世界の工場として外貨を稼いできた中国モデルの変更を促す。
インドネシアの対応も、世界のパーム油生産量の約6割を占めるだけに、更なるパーム油価格の上昇を必然的に招いてしまった。加えて、石炭やパーム油という基幹品目の輸出を制限することで貿易赤字に転落する可能性も高まり、これがルピア安を誘発すると、結局、輸入品価格の上昇というインフレに繋がってしまう。
翻って日本は、今のところまだ静かである。足元でジリジリと進む円安は、他国がこうしたインフレ対応に迫られる中で、日本の対応が進んでいないことを反映している部分もある。4月以降のデータで、日本でも全体のインフレ率の上昇が確認される場合、どのような対策が取られるのか取られないのか、政府・日銀で検討が継続しているはずである。(三菱UFJ銀行ジャカルタ支店長 江島大輔)