年金制度の拡充

 会社のインドネシア人との会話の中で、年金をめぐってデモが起きていることを知った。政府としては、オムニバス法の中で、解雇(レイオフ)対策として新たな福利厚生手当てを2021年から用意したこともあり、通常の企業年金についての安易な引き出し・取り崩しを戒めるべく、今年2月に、原則は「リタイアする56歳まで引き出し不可」という条項を設けた。ところが、コロナ禍というタイミングもあり、生活に窮する労働者から不満が続出、冒頭のデモやストライキに発展してしまった。現在では、政府のこの条項は、一旦は撤回となっている。
 調べてみると、インドネシアの年金制度は貧弱ということが分かる。まず、規模が小さい。2020年で約4千億円の資産サイズで、この金額は国内総生産(GDP)の1%に満たない。ちなみに日本は170兆円、世界最大の年金資産規模を誇る米国は約1200兆円で、大手のカルパース(カリフォルニア州職員の退職年金基金)だけでも実に30兆円の資産を運用している。
 また、年金の制度基盤も弱い。日本であれば、自営業者・学生・公務員等向けの国民年金、企業従業員向けの厚生年金があり、あまねく国民や企業に年金制度が浸透し、一定額が継続的に積み立てられている。一方、インドネシアの場合は、大手や中堅企業だけに年金制度があり、中小企業やインフォーマル・セクター向けの年金制度が無い。結果として、国民全人口2億7千万人のうち、現行年金制度への加入対象者は、わずか3千万人程度にとどまっている。
 冒頭で触れたデモを招くような状況は、背景にはこうした年金規模や制度の脆弱性があり、政府がなるべく年金基金からの引き出しを制限して残高を防衛していることへの反動、という側面もある。政府がこのように年金の規模拡大に腐心する理由は、2点あると思う。1つは、年金資産規模が大きいと、制度運営の自由度が上がる。加入者が集まって規模が拡大すれば、ライフサイクルの中で途中で引き出す人、コツコツ溜め続ける人、解雇時の一時金を要求する人など、個々のニーズを全体の中で吸収できるようになる。
 加えて、2つ目として、年金基金が国債の買い手として、政府の財源を安定的に支える役割を果たしている、という点もあげられる。例えばパンデミック下で政府の臨時歳出(国民への現金給付など)が必要な場合、現在のインドネシアでは財源が無いので国債発行となるが、これは買い手である投資家が大量の国債を買うことで成り立つ側面もあり、この買い手の規模や裾野が小さいと、以前触れた財政ファイナンスのように、中銀(BI)が引き取らざるを得なくなってしまう。
 上記の通り、日本と米国では年金規模で大きな差があるが、日本の場合は個人金融資産が2千兆円もあり、この差を補っている。つまり、パンデミック下で、米国や日本が歳出を大幅に増やして現金給付等の大型経済対策を打てるのも、背景には、財源として発行される国債の購入受け皿となる年金ファンドを始めとした機関投資家や個人金融資産が充実していることが大きい。インドネシアも、生産人口層が厚い人口ボーナス期の間に年金制度を整え、国債の消化を年金ファンド等の機関投資家で支えられるようになってくれば、その頃には金融市場もかなり厚みを増して成長してくるのだろう。もう少し先の話しである。(三菱UFJ銀行ジャカルタ支店長 江島大輔)

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