電子母子手帳に日本の技術
経済成長の3要素、すなわち資本、労働、生産性の中で、最も長期的な予測ができる指標は、労働すなわち人口であると言われている。人口2億7千万人のインドネシアにおいて、年間出生数は約480万人。さらにコロナ禍の影響で国民生活は変質しており、出生者数は520万人にまで増えると言われている。
これは日本の約84万人の約6倍に相当することになり、総人口差を加味しても相当に多い。
ところが、インドネシア保健省によれば、新生児の31%は栄養失調などによる発育阻害に陥っているとされている。
原因としてインドネシア社会に根ざす貧困問題などが指摘されるが、「パイナップルを食べると流産する」といったインドネシア語で「ミトス」と呼ばれる迷信も多くある。したがって、教育段階からの保護者の知識レベル向上は、保健の視点のみならず、この国の経済成長に関わる大きな社会課題となっている。
これに対してインドネシア政府は、JICA(国際協力機構)の支援も受けながら、かつて日本の保健レベル向上に大いに役立った、日本人にとってはおなじみの「母子健康手帳」を妊婦に配布することで、母子の健康状態の記録のほか、産前・産後に必要な知識の提供を行っている。
インドネシアの母子手帳も日本と同様、妊婦に通院の度に母子手帳を持参させ、健康状態などを記録。さらに、妊娠中から産後にかけて必要となるさまざまな情報がわかりやすく記載されている。
この母子保健分野に貢献するため、丸紅は2021年、インドネシアでデジタル母子手帳事業を立ち上げた。スマートフォンアプリを通じてその人の妊娠周期や月齢に合わせ、当地の生活事情も勘案しながら、医師が監修した信頼できる情報を配信している。またアプリ内で専門医に対する質問もできるようになり、他のユーザーとの情報交換も行える。
いわゆるミレニアル世代、Z世代と呼ばれる、スマートフォンやSNSに慣れ親しんでいる層をターゲットに、アプリを通じて情報と価値を提供。常時数万人規模の保護者に利用されるようになり、これらの機能を通じて、特に初めての妊娠、出産で右も左もわからない保護者の知識レベルを向上させ、安心して出産を迎え、安全に育児ができるように支援している。
日本では厚労省が配布するいわゆる紙の母子手帳に加え、こういった妊娠、育児支援アプリが多数あり、保護者に広く利用されている。そうした社会全体の支援も背景となり、発育阻害率や乳幼児死亡率は世界最低水準だ。また妊娠、出産、育児期に関わるのは赤ちゃん用品に留まらず、食事や保険サービスなど多岐にわたり、多くの日本企業がインドネシアでも事業展開している分野でもある。インドネシアの将来の経済成長に深く関わる出生関連の分野でも、日本の技術や日系企業のさらなる活躍が期待される。
笠井信司 丸紅インドネシア代表(JJC広報文化部会長)
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連載「為替経済」は今月から、最終週の執筆を日系企業トップが担当し、ビジネスを通じて知り得るインドネシア経済の現場報告とします。