【人と世界】見えざる壁を打ち破れ 尾崎綜志さん(23)
発展途上国には公立学校の学費すらままならず、通学や進学を諦める子どもたちがいる。日本よりもはるかに過酷な教育格差は持たざる者の成功を阻む「見えざる壁」だ。
映像授業で教育支援をしているNGO「E―エデュケーション」の尾崎綜志さん(23)はこうした「壁」に挑戦している。
■路上から大学へ
E―エデュケーションは途上国で塾や予備校に通えない生徒に授業を収録した映像を提供し、学習を支援している。
昨年11月からインドネシアでの活動を担当している尾崎さんは、西ジャワ州デポックの学校「マスジド・テルミナル(通称マスター)」に通いながら大学進学を目指す生徒に映像授業を届ける準備を進めている。目標は生徒の大部分がストリートチルドレンの同校からインドネシア最難関のインドネシア大学合格者を出すことだ。
同校は学費による収入が期待できず、教員は皆ボランティアだ。教育の質は十分ではない。それでも貧しい子どもたちが門をたたく。
■「ごめんね」とだけ
尾崎さんは現役大学生でもある。中学、高校時代をサッカー部で過ごし、大学生活はラクロスに明け暮れた。就職活動も首尾良く乗り切ったが、体育会での経験しか強みがない自分に疑問を抱いた。「自分が社会にどれだけ良い影響を与えられるか確かめたい」と、海を渡った。
提供が決定している映像授業は英語と数学、経済、地理の4科目だ。3月から順次、提供していく。インドネシア大生への聞き取り調査などで特に対策が必要との声が多かった。現在、各科目20時間分の収録と編集が進められている。
最も難航したのが収録の依頼だった。予備校講師や公立高校の教員に授業を依頼したが、なかなか承諾を得られない。なかには収録を快諾したものの約束の日の朝になって翻意し、「マアフ、ヤー(ごめんね)」とだけ言い残して去った教員もいた。
在留邦人から「(君たちの活動は)ただの自己満足ではないか」などと辛らつな批判を浴びることもあったが、意欲は衰えない。映像授業を心待ちにする生徒がいるからだ。収録した映像を見て「これで2次関数を勉強する」と張り切る姿を見ると、活動の意義を実感するという。
■彼らの手で
共に活動するリアンさん(21)の存在も大きい。
インドネシア大に通うリアンさんだが、育った環境は厳しいものだった。路上で弾き語りをして日銭を稼いだこともあったといい、「E―エデュケーションの活動をインドネシアに広める」と協力を惜しまない。
他の国の活動では授業の収録を業者に依頼することもあるが、ここではマスターで芸術系の進路を希望する生徒が担当する。映像作りそのものが教材になっている。
尾崎さんは「インドネシアでの活動で最終的に判断するのはインドネシア人。自分たちがいなくても存続する仕組みを作ることが大切」と将来を見据える。(田村隼哉、写真も)