【デジタル羅針盤】進歩が速すぎるのも‥
インドネシア国内でスマートフォンに奢侈品税をかけるべきかとの議論がある。アイフォーンのような高額な機種はまだまだ平均的な収入の人には縁遠く、「奢侈品」というのにふさわしいようにも思える。
だが、一方でスマートフォンのコモディティ化も急速に進んでいる。
米アップル社は先ごろアイフォーンの新機種を発表したが、その途端、同社の株価は大きく下がった。発表前の予想を上回る機能が搭載されていなかったことに対する失望が原因のようだ。
創業者ジョブズの死去でアップル社の開発力に陰りが出ているとの見方もあるが、もはや、スマートフォンに搭載されるべき機能は出尽くしてしまい、大幅な革新は不可能に近くなったというのが実際だろう。
初めてアイフォーンが発売された2007年は、その操作方法自体が全く見たことのないもので、ジョブズ氏が「電話を再発明した」と大見得を切ったのも納得のインパクトだった。
だが、今やインドネシア国内メーカーだってスマートフォンを作っている。世界的なメーカー並みとまでは言えなくても、価格を考えれば悪くない完成度の機種も多い。
前述のアイフォーンも初めて廉価帯の機種をラインナップした。大勢で言えば、スマートフォンはもはや奢侈品でも、技術革新の中心でもないといえる。誕生から完成水準への到達がこれほど早かった製品もないのではないか。
一方で人間や社会の方はそこまで早くスマートフォンやスマートフォンでさらに身近になったインターネットに対応できない。法律や社会の規範もまだまだ固まっていない。
最近、日本ではあちらこちらに、歩きながらスマートフォンを使う「歩きスマホ」をやめるよう訴えるポスターが貼られている。
ネットでのいじめ、ゲームなどでの高額な課金、出会い系サイトによる被害などインターネットが身近になったことによるトラブルも後を絶たない。
20年前の1993年に出版された「マーフィーの法則」には「社会は車よりロバに似ている。あまりに早く歩かせようとすると、乗り手を背から振り落とす」という文言があったが、このまま技術革新の速度が早まり続ければ、乗り手が落ちるどころか、ロバ自体がふらつき出しそうだ。(IkuZo!日本語・マンガ学校校長、元じゃかるた新聞記者 福田健太郎)