開発の悲劇、希望も込め 書評 村井吉敬著「パプア 森と海と人びと」
本書はインドネシアを中心に東南アジアの開発問題を研究してきた村井吉敬(むらい・よしのり)さんが、今年3月に69歳で逝去される直前に出版された渾身の旅行記である。
私が書物からしかインドネシアを知らなかった頃、「スラウェシの海辺から」(同文館)や「エビと日本人」(岩波新書)など村井さんの著書を読んだ。そして自分の足で歩き、目で見てみないと、広くて奥の深いインドネシアは分からないのだろうという気になり、旅を始めた。
その後、ジャカルタで初めて村井さんとお会いし、「インドネシアの中央部にある島はスラウェシなんですよ。多くの人がジャカルタやジャワ島が中心だと思っているから、おかしなことになっているんです。東部のマルクやパプア(当時はイリアンジャヤ)の辺境を旅するとおもしろいですよ」と言われたことを覚えている。
とはいえ、小さな船で大きな波に揺られ、満員になるまで走らないオンボロバスで旅するのは楽なことではなかった。でもジャカルタに戻るとまたそんな地方で暮らす人の顔が浮かび、また旅に出てみたくなるのがインドネシアの魅力だということも実感した。
村井さんは1993年に初めてパプアに行ってから、20年間に20回パプアを旅している。その間悪性のマラリアに侵された。膵臓(すいぞう)がんの手術を受け、療養中に本書を執筆していたときも、「パプアにまだ何度も行きたい」と思っていた。それはパプアで暮らす人々のことが世界に正しく伝わっていないという焦燥感と、パプアでお世話になった人々への恩返しをしたいという気持ちからだ。
スハルト時代、パプアの海ではトロール漁で環境破壊をしながら獲れたエビのほとんどが日本に運ばれていた。現在も天然ガスが生産され、日本向けに輸出されている。豊富な天然資源の恩恵を地元のパプアの人たちが受けていないのは、昔と変わらない。そこからインドネシアからの独立という機運が盛り上がり、武力で潰されもする。今の開発のあり方が変わらない限りパプアの悲劇が繰り返されるということを、もっと日本人にも知ってほしいという気持ちは強い。
本書の最後の章「希望のパプア」では、「よその権力や官のつくるプランでなく、地域主体のプランが優先されない限り、開発の悲劇はこれからもいくらでも起きる。民のパワーが金とは別の次元で確立されることを願う」と、20年来の交流がある現地NGOに未来を託している。
「波がキラキラ光っている。ヤシの葉ずれの音、潮騒、風の渡る音、それがすべての世界で、人びとが暮らしている。といっても外の世界とは実は濃密に関わって生きているのだ」
極楽鳥や世界最大の蝶など珍しい動植物や美しい海や空の写真も豊富で、東南アジアの本を数多く出版している、「めこん」ならではの良書でもある。
(紀行作家・小松邦康)