トランプ・トレード
先週、注目の米大統領選挙でトランプ氏の勝利が確定した。勝敗がかなり拮抗するのではとの大方の予想に反して早期の決着となったほか、共和党が上院での過半数を奪還、下院は最終結果待ちながら共和党勝利の可能性が高く、いわゆるトリプル・レッドが実現しそうだ。
先週は大統領選の開票速報が進む中、マーケットは大幅なドル買い、米国株買いで反応した。
トランプ氏が掲げる3つの主要な経済政策、つまり関税強化、移民抑制、法人税減税はいずれも直接的かつ間接的な経路をたどってインフレ促進的に働く。これによりFRBの利下げが遅れ、米金利高・ドル高につながると見るのが、市場参加者の一義的な反応で、これは「トランプ・トレード」と呼ばれるようになっている。
このトランプ・トレード、既に9月以降トランプ氏優勢の報道が伝わる中でだいぶ進んできていたが、今回の選挙結果が思いのほか明確な勝敗となったことも手伝ってか、先週さらに進んだ面もある(ただ足下ではいったんの材料出尽くし感などから相場は反転)。
では今後、トランプ・トレードが一方向に進んでいくかというと、事はそこまで単純ではないだろう。前回2016年以降の第一次トランプ政権下では、公約で掲げた政策のなかでもメキシコ国境の壁や大型減税策など議会の抵抗などから実行されなかったり、規模縮小となった政策は少なくなかった。またインフレ対策のまずさが現バイデン政権の支持率にも大きく影を落としていたことを考えると、新トランプ政権がインフレ再燃をかなり警戒しながら政権を運営していくであろうことも想像に難くない。
もちろん掲げた公約は何らかのかたちで手形を落としにくるとは考えられるので、問題はそのタイミングと程度ということになる。例えば関税強化については全品目一律10%以上、対中国製品は60%課税、というのが選挙公約の骨子だが、対象品目や輸入相手国の範囲を限定したかたちで、徐々に小出しにするアプローチが採られる場合には、マクロ経済への影響がかなり抑えられる可能性もある。従ってマーケットがトランプ・トレード的な反応をするかどうかも、この公約の実現のタイミングと程度次第ということになるだろう。
ただ気をつけるべきは、トランプ氏が(トリプル・レッドの下で)第一次政権時よりも歯止めが効きにくくなる可能性があること、そしてそれを見越した動きが先行して出てくる可能性があることではないだろうか。不法移民を考えていた人が自主的に取りやめる、中国系企業がより一層米国市場を避けるようになる、といったような動きは公約の実現に関わらず出てきて然るべきだろうし、これらはいずれもインフレ圧力を高める方向に作用する。また地政学的なサプライズがマーケットを揺さぶる可能性も高まってくるであろう。
インドネシア経済への影響はどのように考えるべきだろうか。通商面では、中国がアセアン地域向けの貿易をより重視し、安価な中国製品へのさらなる対応が必要になる、一方で対米輸出を増やす機会は高まる、といったようなシナリオは考えられる。ただこれらも前述の公約の実現次第で異なる結果をもたらすかもしれない。
今の時点で確かなのは、これから先、ことあるごとにトランプ・トレード(為替市場で言えばドル買いルピア売り)を誘発するような動きが出てくることを念頭に置いておくべきということだろう。その意味では、(少なくともハリス政権が誕生していたケースと比較すると)インドネシア経済にとってルピアの利下げや景気浮揚の道のりはやや難路になったと理解すべきかもしれない。(三菱UFJ銀行ジャカルタ支店長 中島和重)