円金利の到達点

 先週31日、日銀が政策金利の引き上げを決めた。3月のマイナス金利解除で政策金利は0〜0・1%の水準となっていたが、今回の決定で0・25%まで引き上げられた。引き上げ幅としてはかなり控えめだが、足下で急速に進む円高トレンドへの巻き戻しは、この決定が起点となったと言える。
 ドル円相場は、7月初には160円台を付けていたが、その後の反転により、昨日には一時142円台と、わずか1カ月余りの間に実に1割以上の円高が進んだ。7月中旬に行われたと推測される為替介入で円安修正の流れが始まり、月末の日銀の利上げで円高方向に大きく勢いがついた。その後、米国で景気減速を示す経済統計が続いて更に円高をサポートしたが、これまで円サイドの要因で進んでいた大幅な円安は、この1カ月でほぼ取り戻した格好になる。
 このような相場急変に火がついた背景には、今回の利上げそのものに加えて、日銀植田総裁の記者会見でのコメントが、思いのほか「タカ派的」、つまり今後の継続的な政策金利の引き上げに具体的イメージを持たせるような内容であったことも大きい。
 それではこれから先、円金利はどの水準まで上がっていくだろうか。この問いに答えるには「中立金利」の考え方がベースとなるだろう。景気緩和的でも引き締め的でもない金利水準を中立金利と呼ぶ。概念的には、中央銀行はこの中立金利を念頭に、そして時にはそれを政策金利の到達点と見なして、政策金利を誘導していくというのが原理原則だ。
 中立金利は自然利子率に予想インフレ率を足し合わせて求められる。自然利子率は、残念ながら統一的な計測方式はまだ確立されておらず、正確に計測するのが難しい概念だが、一般的には人口動態や生産性などに左右され、その国の経済の潜在成長率とリンクすると理解されている。日銀も複数の手法により自然利子率の推計値をレンジで公表しており、直近ではマイナス1・0%〜プラス0・5%としている。
 インフレ率については、日銀は持続的に2%を上回る水準を目指しているので、先の自然利子率と足し合わせると、中立金利は1・0%〜2・5%のどこか、ということになるだろう。
 ただ現実的には、2%のインフレ率を持続的に達成していくのは日本のような成熟した経済にはややハードルが高いと考えられ、また自然利子率も将来的な人口減少を考えると更に下がっていく可能性もあったりするので、中立金利ももう少し低い水準になると考えられる。
 ここへきて複数のアナリストや日銀ウォッチャーが政策金利の到達点についての見解を示しはじめていて、概ね0・75%〜1・0%程度と見る向きが多いので、中立金利を低めに見積もる見方はこれらとも整合的といえよう。
 今回の利上げで日銀は図らずも(あるいは、ある程度意図されていたかもしれないが)、円高相場のトレンド形成を演出することとなった。今後の相場展開次第ではあるが、円安に惑わされず政策金利決定を行う素地を整えたという意味は大きいのではないだろうか。足下の日本株の急落や米国経済の先行きなど不透明感はあるが、今後の金融政策運営には中立金利がより強く意識されていくのではないかと思う。(三菱UFJ銀行ジャカルタ支店長 中島和重)

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