国家歳入庁
プラボウォ次期政権の財政運営については、6月にマーケットを動かすようなニュースが出て以降はやや鳴りを潜めているが、その後も次期政権の周辺メンバーから積極財政をどう実現していくかについてのコメントが散発的に伝えられている。
次期政権でも一定の影響力を持つと見られているプラボウォ氏の実弟、ハシム・ジョヨハディクスモ氏も、徴税強化を通じた歳入拡充により政府債務水準の引き上げが可能となるとの見方を示す。徴税強化策の一環として、現在、財務省の傘下にある2つの徴税関連の組織を統合し、より高い独立性を持たせた歳入機関(国家歳入庁、BPN)を設置する案も話題に上っている。この国家歳入庁のアイディアは、既にプラボウォ・ギブラン・ペアが大統領選の公約として発表した8つの優先政策のひとつにもなっており、新政権の歳入強化策の本丸とも考えられる。
インドネシアの経済規模比での税収は国際的にも低水準にとどまる。経済協力開発機構(OECD)が公表する国内総生産(GDP)比の税収率(2022年)は12・1%と、アジア太平洋諸国の平均19・3%、OECD加盟国の平均34・0%を大きく下回る(日本は34・1%)。インドネシアの徴税力の低さは長らく財政運営における大きな課題と認識されてきたが、GDP比の税収率は過去15年以上に渡ってほぼ横ばいなので、本質的な徴税力の改善は見られてこなかったことになろう。
この低い税収率の背景には、GDPの3割以上を占めるとも言われるインフォーマルセクターの存在や、複雑な資本構成やグループ内取引による租税回避の慣習、また徴税機関の執行レベルの質の低さなどが挙げられる。次期政権は、国家歳入庁の設置により、税収を含めた歳入率をGDP比23%(税収率に換算すると16%前後)まで高めるとの意欲的な目標を示しており、これを本気で目指そうとするとかなり抜本的な改革を要することになる。
独立した歳入機関のアイディアはユドヨノ、ジョコウィ両政権下でも検討された経緯があるが、いずれも財務省のコントロールから外れることへの懸念などから見送りとなった。より強い権限を付与した機関という意味では、米国のIRS(内国歳入庁)をモデルにしていると推測されるが、IRSも歴史的には強力な執行権が時の政権に濫用されたケースもあり(例えば、ケネディ、ニクソン両政権ではそれぞれ政敵やその支援組織をターゲットにした強権的な税務調査が行われたとされる)、権限設計や運用によっては望ましからぬ結果を産む可能性もあろう。
近年先進国では、徴税率向上の取り組みとして、行動経済学における「ナッジの手法」(納税者の心理的反応に着目して行動変容を促すアプローチ)を活用するケースが増えている。その中でも、他の納税者の行動を知らせるような、「9割以上の人が期限内に払っています」、「まだ支払いをしていないのはあなただけです」といったメッセージが最も効果が高いことがわかっている。逆に言えば、納税率が低い背景には「他の人も真面目に払っていないのだから自分も……」という意識が少なからず働いていると推測される。
国民の納税意識は、公共サービスの質的改善や予算・財政の透明性向上などが伴って初めて持続的な向上が期待できる面もある。次期政権下での国家歳入庁の議論が、組織設計や権限のみに終始することなく、本質的な納税意識と税収率の改善に向かう一歩であってほしい。(三菱UFJ銀行ジャカルタ支店長 中島和重)