マーケットの規律
プラボウォ新政権が現政権の路線を引き継いでいくであろうということは、基本線としてはその通りであろう。ただ実際の政権発足が近づくにつれて、新政権が独自色を出そうとする意図が見え隠れしはじめている。そして、それがルピア相場をはじめマーケットにも少なからず影響を及ぼすようになってきた。
今のマーケットの注目は、新政権がどの程度まで財政拡大を志向し、それによって財政の健全性がどの程度まで影響を受けるかだ。大統領選後の2月下旬、もともと新政権の公約であり、国家予算の1割強に相当する年間450兆ルピアもの予算が使われとされていた無償学校給食プランについて、早くも来年度から開始されるとの政府高官発言が伝わったことで、市場参加者が身構える素地ができあがった。その後、プラボウォ氏自身から経済成長率8%は2〜3年以内に達成可能との発言もあり、財政悪化に対する懸念からインドネシア国債がじりじりと売られ、ルピア安が進む展開となる。
とどめは先月14日、新政権が、政府債務の水準を現行の国内総生産(GDP)比40%弱から今後5年以内に50%まで引き上げることを検討しているとのニュースが報じられると、一気にルピア安が進展、あわや過去最安値の更新に近い1ドル16480ルピアを付けるに至る。これまでのルピア相場は主に米国経済とドル金利の動向に左右されてきたが、今回のこの動きはインドネシア国内要因により大きく相場が動いたという意味で注目に値しよう。
このマーケットでのルピア売りに対する火消しの動きも素早かった。政府債務の上限についてはニュースの翌日に新政権の経済アドバイザーから否定コメントが出され、翌週にはムリヤニ財務大臣より無償給食に充てる25年度予算を当初想定を大きく下回る71兆ルピアに、また財政赤字を従来同様GDPの3%以内に抑えることを次期政権がコミットしていることが伝えられた。これによりルピア相場も反転、いったん足下ではルピア安の流れはおさまっている。
この一連の流れを見て、新政権準備メンバーは、財政拡大は意外と容易ではないことを思い知らされたのではないだろうか。インドネシアの政府債務の水準は他の東南アジア諸国と比べても相対的に低いと言えるし、まだまだ拡張の余地ありというのが彼らの認識であったはずだ(プラボウォ氏自身もこれまでにそういった趣旨の発言をしている)。国民の過半数の支持を受けて政権を取ったとしても、財政運営についてはマーケットという別の規律が存在するという事実は、新政権にとってはやや不都合な真実ということになるかもしれない。
今回はいったん新政権がマーケットの懸念に歩み寄りの姿勢を見せた格好だが、早期に独自色を出して国民の支持を取り付けたいという政権側の意向が続くかぎり、今後もマーケットとの間で同じような駆け引きが出てくるかもしれない。財政健全性の度合いは必ずしも単一の指標で測られるものではなく、またニュースの出方やタイミングによって市場参加者の受け止め方が異なってくることもある。新政権が情報や印象の操作に執着するよりも、マーケットとの健全な対話を意識してくれることを望みたい。(三菱UFJ銀行ジャカルタ支店長 中島和重)